<南風>お父さん預かります 前編

 お父さんは疲れている。休日に行く所も少ない。お父さんのためのオアシスはどこにあるのだろう。
 20年間経営していた輸入雑貨店を全店閉店した後、やりたいことがあった。
 オートバイでの日本一周だ。沖縄から鹿児島まではフェリー、鹿児島から北海道の宗谷岬までオートバイでの旅の計画を立てた。
 オートバイをフェリーに載せる日が来た。街乗り用のスクーターに乗り、オートバイを置いている車庫まで移動していた時、側道から出てきた脇見運転のタクシーに跳ねられてしまった。幸い目立ったけがもなかったが、乗っていたスクーターは車体が曲がり走行不能になった。
 警察の事故処理後、車庫まで行く手段を無くしたので、タクシーの運転手が送ってくれることになった。
 車内で運転手は事故をわびながら語った。「定年後、家でゆっくりしていたら奥さんにまだ働けると言われてタクシー運転手になったら2日目にこんなことになってしまった」と奥さんに対する不満爆発だ。
 初老の運転手は自分の運転技術の衰えを感じながらも、奥さんからの要望でこのようなことになってしまったと切々と語った。打ち身で痛い体に心も痛む話だった。
 なぜかこちらが励ますような会話になりながら車庫まで送ってもらい、無事フェリーにオートバイを載せることができた。
 鹿児島から走り出した愛車は快調に日本の美しい景色を駆け抜けて行く。ゆっくりと自分を見つめた旅の間に、次にやりたいことが芽生えてきた。
 子育てを終えたお父さんが休みの日に行きたくなるような「大人男子の店」を作りたい。場所は事業用に建てた倉庫を改造する。店名は「ダッズガレージ」お父さんの車庫だ。アイディアがあふれ出ていつの間にか体の痛みも消えていた。
(根間辰哉、空想「標本箱」作家)

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