<南風>父のしつけ

 新型コロナ感染拡大でインドネシアから帰国したのは去年のラマダン(断食月)期間中だった。今年のラマダンも12日に終了。平時ならインドネシアでは、ラマダン明けの休日を挟んだ大型連休を利用し、帰省や旅行の民族大移動が起こるが、今年もコロナで連休は短縮、移動も規制された。

 ラマダンの約1カ月間、イスラム教徒は日中の飲食は御法度だ。喫煙はもちろん原則、水さえ飲めない。今年はワクチン接種を日中にやって大丈夫なのかという議論が持ち上がり、イスラム教のお偉方が「問題なし」との宗教見解を発令する騒ぎになった。

 2年前、地方を車で移動していると運転手の携帯電話が鳴った。彼は「すみません」といって路肩に停車し、話を始めた。だんだんと口調が激しくなり最後はかなり怒っているようだった。温厚で礼儀正しい人なのに何があったのだろう。

 電話の相手は小学生の息子だった。断食の空腹に耐えきれず、何か食べていいか許可をもらおうとしたのだ。母親には判断できず「お父さんに聞いてみなさい」となったようだ。

 父親は息子の願いをにべもなく拒否。それでもだだをこねる息子をしつけの意味で強くしかったのだろう。こうして我慢を覚えていくのだなと思い、電話口の向こうで泣きじゃくっている息子を想像しながら、「日没まであと数時間だ。がんばれ」とエールを送った。

 ラマダンの断食は、イスラム教に定められた、五つの義務の一つ。欲望に打ち勝って己を律するとともに、貧しくて十分な食事を取れない人への思いやりを養うためでもあるという。コロナ禍のストレスで過食が抑えられず、馬齢を重ねるだけでちっとも自分を律することができない私。イスラム過激派のせいで誤解されがちな宗教だが、この宗教の理念をもっと学びたいと思うこのごろだ。

(大野圭一郎、元共同通信社那覇支局長)

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