ホームレスが見捨てられた日々 コロナがあぶり出した米国社会の動揺【世界から】

 ワクチンの接種が行き渡り、新型コロナウイルス感染拡大の終息に一歩近づいた観がある米国。5月中旬までに全人口の45%、約1億5千万人が1回目の接種を終えた。バイデン大統領の「7月4日の独立記念日までに1億6千万人の接種を完了する」という言葉は着実に実行されている。だが、一般市民への接種が進む中で、取り残されている人々がいる。全米で55万人以上いると言われるホームレスだ。

 米国都市部の中心から離れた少々うらぶれた通りには、大抵多くのテントが立ち並ぶ一角がある。都市に付き物のホームレス居住区だ。居住区といっても政府が認可している訳ではない。ホームレスのシェルター(支援施設)に近い等の理由で自然発生したものだ。大都市ほどシェルターが数多く存在し、従ってホームレス人口も多くなる。今回のコロナ禍ではさまざまな人が被害を受けたが、中でも大きな災厄を被ったのが彼らだった。(共同通信特約、ジャーナリスト=岩下慶一)

新型コロナウイルスの感染拡大で、誰もいなくなった通りを歩くホームレスの男性=2020年4月、米カリフォルニア州サンディエゴ(ロイター=共同)

 ▽路上に戻されたホームレス

 ホームレスのコロナに感染した割合は正確には把握されていない。アメリカ疾病予防センターが一部のシェルターで行った調査では収容者の約6%が感染していたとされるが、これは特に大きな数字ではない。コロナによってホームレスが受けた打撃は感染そのものではなく、社会環境の変化によるものだ。在宅命令が出されていた期間、在宅しようにも家のないホームレスは路上に放置された。また昨年は、確認されているだけでも全米で15カ所のシェルターがコロナの影響で一時閉鎖に追い込まれている。閉鎖までは行かなくても、都市部のシェルターのほとんどが密を避けるために収容人数を10~40%削減した。居場所を失った人々は再び街角に戻ることになった。在宅命令が路上生活者の数を増やすという皮肉な結果となったのだ。

シアトルのテント村 撮影:岩下慶一

 ホームレスの受難はコロナが猛威を振るい始めた2020年春に始まった。同年4月、サンフランシスコのホームレスの死亡者数は前年同月の3倍に跳ね上がった。全米2位のホームレス人口を抱えるロサンゼルス市では、2020年1年間のホームレス死者数が前年比32%増となった。全米1位、総人口の1%がホームレスと言われるワシントンでは54%増。20年前半はホームレスの死亡者に厳密な検視が行われないことも多かったため、これらのうち何人がコロナウイルスの犠牲になったのかは不明だが、シェルターの収容人数削減や炊き出しの機会の減少など、コロナが大きく影響していることは間違いない。

 ▽失業者の増加が拍車

 この状況に拍車を掛けたのが、コロナの影響で失業し、住む場所を失った人々のホームレス化だ。20年の全米のホームレス人口は前年比2・2%増の58万人となっているが、調査が実施されたのが1月であるため、その後のコロナ禍によるホームレスの増加はカウントされておらず、一体どのくらい増えたのかは現時点では定かでない。20年5月、ロサンゼルス・タイムズは、今後一年でホームレスの人口が25万人増加し、80万人を突破する可能性があるというショッキングな記事を発表した。シェルターがさらに過密化するのは火を見るより明らかだ。

米カリフォルニア州サンフランシスコで食料支援の列に並ぶホームレスの人々=20年3月(ロイター=共同)

 ▽ワクチン接種も後回し

 最悪の事態を避けるためにはホームレスコミュニティーの集団免疫化が必須だが、これも後手に回っている。高齢者や医療関係者を優先した接種が順調に進み、一般市民も次々注射を受ける中、シェルターを中心としたホームレスコミュニティーへのワクチン提供は後回しにされてきた。アメリカ疾病管理予防センターが昨年12月に発表した接種のガイドラインは、医療関係者と要介護の老人を優先リストに挙げていたが、ホームレスは除外されていた。シンクタンク、ピュー・リサーチセンターのリポートによれば、ホームレスのシェルターは少なくとも20の州でワクチンの供給計画から外されていたという。シェルターに医療を提供するNPO「コーン・ヘルス」のスタッフは「多くのホームレスは何らかの疾病を抱えている。また高齢者も多い。もっとも感染リスクが高い人々が一番後回しにされている」と憤る。

 今年2月、ホームレス支援団体が政府に意見書を送り、状況はやっと改善の兆しを見せはじめ、4月ごろから多くの都市でホームレスへの接種が始まった。最も早かったのはワシントンで、1月から接種を開始し、現在までにほぼ完了したとされる。だがホームレス人口全米第3位のシアトルでは、すべてのホームレス施設での接種が終わるのは6月になる見込みだ。街にはシェルターからあぶれた人々のテントがあちこちに見られるという。シアトル在住のジャーナリスト、アイバン・シュナイダー氏はため息まじりに言う。「『コロナは終わりました。テントを畳んでシェルターに戻ってください』、と言える日がいつになるのか、そんな日が本当に来るのか見当もつかない」

 非常時に弱者が軽んじられるのは世の常だが、それにしてもコロナ禍におけるホームレス軽視は米国らしくない出来事だった。いつもは真っ先に弱者に手を差し伸べる米国社会が、ホームレスをある意味、切り捨てたのだ。それだけ社会の動揺が大きかったということなのだろう。だが、「Black Lives matter(黒人の命は大事)」ならば 「Homeless lives matter(ホームレスの命も大事)」でもあるはずだ。コロナのパニックから立ち直った時、米国社会はこの事実をどう振り返るのだろうか。

新型コロナウイルス流行が沈静化し、人出が戻り始めた米ニューヨーク市のタイムズスクエア=4月(共同)

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