金融正常化は株式相場「終わりの始まり」ではない、出遅れ日本株が欧米市場に追いつく時期は?

5月前半の世界の株式市場は、想定外に大きめの調整に見舞われました。発端となったのは米国でのインフレ懸念の高まりです。4月の米消費者物価指数(CPI)が市場予想を上回って着地すると、将来的な景気の過熱、ひいては金利上昇が意識され、一時的にリスクオフが進みました。

日本や台湾など、一部のアジア市場では、そこに新型コロナの感染拡大の悪材料が加わり、株価調整の度合いがより大きくなったと解釈されます。アジアでの新型コロナ問題はともかくとして、米国株の波乱については伏線がありました。


インフレ懸念台頭も想定内の相場の調整

もともと、米国株は期待先取りで上昇してきたフシがあり、好材料が出尽くしたタイミングで一時的な調整が生じやすいだろうと考えられていました。そこへ、インフレ懸念が台頭してきたことで、利益確定の売り方に格好の口実を与えた印象です。

そういう意味では、今回の調整に特段のサプライズはなく、必要な「ガス抜き」を経験したに過ぎないと見ることもできます。もちろん、米国のインフレの行方には引き続き注意が必要で、しばらくの間、相場は不安定な動きを続ける可能性もあります。

しかし、米金融当局が経済正常化を妨げず、適度にインフレをコントロールしていくことは可能と見られ、業績相場への移行という基本シナリオ自体は崩れていないと判断されます。出遅れている日本株にも、いずれ挽回の機会は訪れる、と予想しています。

金融引き締めと業績相場入りは表裏一体

6月の株式市場で焦点となるのは、何といっても米FOMC(連邦公開市場委員会、6月15~-16日開催)です。インフレ加速への警戒感を和らげるべく、量的緩和の規模縮小(テーパリング)について、前向きなスタンスを打ち出すかどうかが関心事となります。

今のところ米金融当局は、「テーパリングは時期尚早」との姿勢を崩していません。しかし、インフレ指標が上振れするなか、6月4日発表の雇用統計で大幅な雇用の上積みがあった場合、それでも緩和長期化を正当化するのは、徐々に苦しくなってくると思われます。

実体経済と金融政策の乖離を放置することは、将来的に様々な弊害を、経済や金融市場にもたらすリスクを高めるでしょう。仮に、6月FOMCで米金融当局がテーパリングの議論開始に肯定的な見方を示せば、株式市場は一時的に動揺を見せるかもしれません。

しかし、他方で、そうした乖離の是正は、トータルで見て株価にはポジティブに作用する可能性があります。いずれにしろ、6月FOMCが一つのヤマ場となることは間違いないでしょう。

過去の金融引き締めの初期段階について見たとき、それが必ずしも株式相場の上昇トレンドを挫く契機となっていない点は興味深いといえるでしょう。金融引き締めへの転換は、同時に金融相場から業績相場への移行を伴うことが多く、仮に、一時的なショックが生じたとしても、数ヶ月で落ち着き、その後も株価の上昇は続く傾向にあります。

つまり、金融正常化は決して、上昇相場の「終わりの始まり」を意味するものではないということです。当然、引き締めの「程度」にもよりますが、それが適正な範囲で行われる限り、必要以上に慌てることはない点を改めて指摘しておきたいと思います。

<写真:AP/アフロ>

ハイテク株の割高感は後退

5月初旬の相場調整局面では、とりわけ、ハイテク・グロース株を中心としたナスダック総合指数が影響を受けました。ナスダックといえば、コロナショック後の未曾有の金融緩和と社会のデジタル化進展期待のもとで、相場上昇の牽引役を担ってきた市場です。

しかし、4月26日に高値を付けたあとは、同指数の不安定な値動きが目立っています。新型コロナのワクチン登場により、経済正常化への道筋が見えてきたことで、ハイテク主導の相場のトレンドに、区切りが付けられるとの見方も浮上しているようです。ただ、そうした議論に結論を出すのは、時期尚早の気がしています。

ナスダック総合指数の12ヶ月先予想PERは5月24日時点でおよそ30倍となっています。コロナ前の水準と比べれば依然として高いのですが、過去1年間に30倍を割り込むことがほとんどなかったことを考えると、バリュエーションの調整は一定レベル進んでいるように見えます。

一般的に予想PERは実質金利の動きに反比例し、実質金利が下がると予想PERは上昇する傾向にあります。しかし、最近では実質金利が下がる中でも予想PERは低下しました。いわば、投資家の警戒感の高まりを前に、必要以上に予想PERが低下したイメージです。

このことは、それだけ市場でのインフレ懸念が根強いことを意味しているのかもしれませんが、逆に言えば、この先、インフレ加速の見方が後退していくにつれて、予想PERは反転に向かう可能性があることを示唆しています。

予想PERのような株式のバリュエーションの調整が進んだとしても、その背後にあるものが業績不安ということであれば、必ずしも予想PERの低下を歓迎できないわけですが、今のところ米ハイテク企業の業績拡大シナリオは崩れていません。

2020年のコロナ下でも二桁成長を遂げた同セクターは、21年はもちろんのこと、22年にかけても良好な業績の推移が想定されています。コロナ前後の3ヶ年(2020年~2022年)すべてで増益見込みのセクターの中で、もっとも成長性の高いセクターとの位置付けです。

引き続き、物価統計の発表などに一喜一憂する展開が予想されるものの、中長期の成長性から判断されるハイテク・セクターの有望性には揺るぎないものがあります。短期的な株価の変動性に振り回されるばかりではなく、将来性に着目した投資の視点も必要です。

「ワクチン相場」がいずれ日本にもやってくることを期待

最近の世界の株式相場では、欧州株の堅調さも目につきます。昨年の相場回復局面では、米国株や日本株に大きく後れをとってきた欧州株ですが、ここにきて巻き返しを図っています。年初来の株価パフォーマンスで比べると、好調な米国株と肩を並べるか、国によっては米国をアウトパフォームしているところもあります。

そうした堅調な株価の戻りを可能にしているのが、新型コロナのワクチン普及と感染の沈静化、さらには経済再生への期待であると考えられます。アナリストによる企業業績予想の修正動向を数値化したリビジョン・インデックスを見ると、直近で欧州の値が大きく改善している様子が確認できます。これが堅調な相場の一つの根拠になっていると推察されます。米国といい、欧州といい、やはりワクチン接種の広がりは株式相場には効果てきめんのようです。

一方で、日本は当初からワクチン接種の遅れが指摘され、足元でも苦戦を強いられています。英オックスフォード大などによる5月16日までの調査によると、日本で少なくとも1回の接種を受けた人の割合は約3%にとどまり、世界平均の約9%を下回っているとのことです。「ワクチン格差」が「景気・株価格差」につながる典型例といえるかもしれません。

しかし幸いなことに、これらの格差はある程度の時間さえかければ、十分に埋め合わせることが可能な問題でもあります。欧米では、ワクチンの供給体制が整い、余剰分は順次、日本のような不足する国へと向かう見込みです。政府は7月末までに高齢者向けの接種を完了させる目標を掲げていますが、身近に接種する人が増えてくれば、感染状況も株式市場の風景も随分と変わってくるはずです。

TOPIXの12ヶ月先予想PERは、2月に18倍台まで上昇した後、ほぼ一貫して低下し、足元ではおよそ16倍の水準にあります(5月24日時点)。株価は割安で、投資妙味ある水準まで調整が進んだと判断できます。「ワクチン相場」の到来に向けて、今のうちから出来る限りの準備を心掛けたいところです。

<文:チーフグローバルストラテジスト 壁谷洋和>

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