ビンラディン容疑者の隠れ家跡、子どもの遊び場に パキスタン軍支援の疑惑消えず

パキスタン北部アボタバードにあるビンラディン容疑者の隠れ家跡地。建物の土台がむき出しのままだった=3月25日

 米中枢同時テロを首謀し、世界を恐怖に陥れた国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者が米軍に殺害されてから10年がたった。現場となったパキスタン北部の隠れ家は当時、鉄条網付きの高い壁で守られていた。その後解体されて空き地となり、今は子どもたちの遊び場へと様変わりしている。容疑者はなぜ首都近郊で長期間潜伏できたのか。パキスタン軍がかくまっていたのではないか―。数々の疑惑は今もくすぶる。現地では容疑者の生存説を信じる人までいた。(共同通信=横田晋作)

 ▽ウサマ通り

ウサマ・ビンラディン容疑者(ロイター=共同)

 首都イスラマバードから約60キロ。隠れ家があった北部アボタバードは「軍の街」と呼ばれ、多くの軍関係者が住んでいる。街に入ると壁に囲まれた軍関係施設が立ち並び、戦車の展示もあった。

 陸軍士官学校の入り口に通じる道から脇道に入り路地を進むと、住宅街の中に隠れ家の跡地が見えてきた。建物の土台がむき出しになったまま雑草が生い茂っている。たこ揚げを楽しむ10人ほどの子どもたちの笑い声が響いていた。

 隠れ家前の通りは地元で「ウサマ通り」と呼ばれる。近くに住むアルタフ・フセインさん(70)は「米国は遺体の写真すら公開していない。全て作り話だ」と話し、容疑者が殺害されたことをいまだに疑っている。3年前に引っ越してきたモハマド・シラーズさん(18)は「ウサマを悪く言う人はここにはほとんどいない」と明かし、跡地を公園として整備するようパキスタン政府に望んだ。

パキスタン北部アボタバードにあるビンラディン容疑者の隠れ家跡地でたこ揚げを楽しむ子どもたち=3月25日

 ▽関与否定

 米側の発表によると、ビンラディン容疑者は2011年5月2日未明、隠れ家で米軍に急襲され、側近と共に殺害された。アラビア海に展開していた米空母上でイスラム教にのっとった葬儀が行われた後、遺体は水葬された。情報漏れを防ぐためパキスタン側に作戦を通知していなかった。

 隠れ家は3階建て。約100万ドル(約1億1千万円)かけて05年に容疑者をかくまう目的で建設されたとされる。軍関係者が多く住む土地柄から、軍が容疑者を支援していたとの疑惑が当時から噴出した。

 米国人記者のセイモア・ハーシュ氏は15年、ビンラディン容疑者が06年からパキスタン情報機関の軟禁下にあり、米軍の殺害作戦にもパキスタンが緊密に協力していたとの記事を発表し波紋を広げた。18年にはトランプ米大統領(当時)が「パキスタンの誰もが彼がそこにいたと知っていた」と非難した。

 だが、パキスタン政府は一貫して関与を否定している。米軍作戦時の外務次官は当時の記者会見で「情報機関の3軍統合情報部(ISI)と政府の一部がアルカイダと共謀していたというのは簡単だが、誤った仮説だ」と断言。軍は容疑者の居場所の情報集めに失敗したとの認識を示し、ISIが米中央情報局(CIA)に最初の手掛かりを提供したとも強調した。

ビンラディン容疑者が潜伏していたパキスタン北部アボタバードの通り。「軍の街」と呼ばれ、戦車の展示もあった=3月25日

 ▽米軍不信

 パキスタン政府の説明は本当なのか。当時アボタバードを含む北西部カイバル・パクトゥンクワ州を管轄する軍団長で、後に国防次官を務めたアシフ・ヤシン・マリク氏を取材した。

 マリク氏によると、パキスタン軍は10年、北西部ペシャワル近郊で「アブアハメド・クウェイティ」の偽名で呼ばれる連絡役の男を一時拘束し、所持していたアラビア語のメッセージを押収した。ISIがCIAにこれを提供したことが「隠れ家を米国が突き止めるきっかけだった」と主張した。

 だが、ISIはメッセージを自国語などに翻訳しないというミスを犯し、内容は把握していないという。ISIとCIAの情報交換は当時頻繁に行われており、情報提供はその一環だったと説明した。

 ビンラディン容疑者の居場所は米軍の作戦後に知ったといい、マリク氏は「友人に背中を刺された気持ちだった」と振り返る。

 当時のパキスタン軍は、イスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(TTP)」掃討作戦に集中していたため「ビンラディン容疑者は追っていなかった。パキスタン軍がかくまっていたのであれば、容疑者を殺害しに来た米軍を返り討ちにしただろう」と語った。「米軍を信頼しているパキスタン軍幹部は一人もいない」とも述べた。

 CIAは容疑者の隠れ家特定のため、ワクチン接種を装い容疑者宅を訪問していた。このことは今でもパキスタン社会に影を落としている。国民にワクチンに対する警戒心が根強く残り、接種活動の従事者が狙われる事件まで起きている。新型コロナウイルスのワクチン接種がなかなか進まない背景の一因とも指摘される。

 パキスタンでは軍の機微に触れる情報はタブー視される。同国の独立委員会は13年までに、潜伏先や米軍作戦を察知できなかったパキスタン軍と政府を「目に余る無能」と酷評する報告書をまとめたが、いまだに公表されていない。全ての真相がつまびらかになる日は来るのだろうか。

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