メンタルヘルスと持続可能性 企業はどう取り組むか

メンタルヘルスが企業の課題として取り上げられるようになってきている。しかし、どうすれば企業はこれを個別の課題として扱うのではなく、企業の肝となるサステナビリティの課題に組み込むことができるだろうか。(翻訳=フェリックス清香)

新型コロナウイルス感染症によるパンデミックも2年目を迎え、国家レベルでのロックダウンは大きな犠牲を生んでいる。社会的な接触が制限され、理想的な仕事環境からはほど遠い在宅勤務の条件のもと、多くの人々が日常生活での新しい現実に適応しようと苦労している。アメリカ疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention)によると、不安や抑うつに苦しむ米国の成人の数は、2020年12月までの18カ月間で4倍に跳ね上がっている。

従業員がいかに耐えているかに関心を寄せる企業が増えているのは当然のことである。企業の状態が従業員の状態と連動するのであれば、職場でのメンタルヘルスの向上は企業の最優先課題であるはずだ。非営利のグローバルネットワークで、 サステナビリティの専門コンサルタントのBSR(Business for Social Responsibility)は明らかにその立場をとっており、先日、企業が従業員のメンタルウェルビーイングと回復力の向上を支援するためのロードマップを作成した。そこには、「雇用主は、米国で働く成人1億5700万人のメンタルヘルスを改善させる、唯一無二の力を持っている。働いている成人は、起きている間のどんな活動よりも長い時間を、『仕事』に費やすのだから」と書かれている。

この問題は、3月に行った米サステナブル・ブランドのウェビナーのテーマでもあった。社会的な影響を与えている教育テクノロジー企業EVERFIが主催したセッションでは、私たちの身体的、環境的、経済的な健康・健全性への脅威が、私たちのメンタルヘルスへの脅威とどのように関係するかを探った。

「企業が持続可能な取り組みをサプライチェーンに浸透させ、企業の社会的な責任への取り組みを強化するなかで、これらの取り組みに織り込まれている要素の一つを見落としている可能性があります。その要素とは『メンタルヘルス』です」と、EVERFIのコミュニティ・エンゲージメント・インパクトと教育担当責任者であるエリン・マクリントック氏は述べる。

マクリントック氏と他の登壇者たちはそれぞれさまざまな方法で、企業の、人々を保護し、世話をする努力に、メンタルウェルビーイングを統合するための取り組みを始めているという。世界最大のカーペットメーカーShaw industriesのグローバル・サステナビリティ担当責任者ケリー・バルー氏はオープニングコメントで、過去12カ月がすべての人にとっていかに困難であったかを思い起こさせた。ウイルスとの戦いに加えて、米国大統領選挙からブラック・ライブズ・マター(Black Lives Matter)などの社会正義運動まで、社会的、政治的な混乱が多々あり、国中が集団的な緊張感に包まれていたのである。

バルー氏は、ビジネスにはメンタルウェルビーイングをサポートする上で果たすべき役割があると認識している。やはり、ハーバード大学公衆衛生学部で建物環境が健康全般に及ぼす影響などについて研究するジョセフ・アレン博士が挑発的に言っているように、建物を管理する人は、主治医よりも重要な影響をあなたの健康に与えるのだ。「ちょっと考えてみてください。建築・建設業界は、健康的な空間をつくる上で非常に重要な役割を果たしています」とバルー氏は言う。

「みなさん、新型コロナウイルスの前ですら、人々が自分の時間の90%を屋内で過ごすという残念な統計を聞いたことがあるでしょう。ほとんどの時間を過ごす空間が、私たちの精神的・肉体的なウェルビーイングに影響を与えるのは当然です。そしてそういった持続可能性の側面で、商業施設と住宅の両方の顧客に共感されるのです」

ブランドの影響力を使うことで、ウェルビーイングの課題を支援できる

パンデミックの影響は、米国の人々が心身の健康のサポートを受ける上で直面する、深刻な不平等をさらにはっきりと浮き彫りにした。世界的な食品企業のダノンでビジョン「One Planet. One Health」のためにサステナビリティ・プログラムを率いるステイシー・レインゴルド氏は、社会的格差を十分に認識している。

「食料がないことへの不安は、メンタルヘルスを悪化させる重要なストレス要因の一つです。そのため、ダノンはコロナ禍で、全米の各地域で食料へのアクセスを改善するために150万ドル(約1億6000万円)の資金と製品を寄付しました」と彼女は言う。「ダノンがこれらについて話すのは非常に重要です。なぜならすべての対話が、私たちが直面する課題に対する前進になるからです」。

米通信大手AT&Tも、その広い影響力を利用して、同社のCSRディレクターであるブルック・ハンソン氏がメンタルヘルスへの「脅威的」インパクトと呼ぶものを支援している。AT&Tは全米で最大級の草の根のメンタルヘルス慈善団体であるNAMIに協力して、力を貸し、数人の超有名人を採用して、「大丈夫だと感じなくても大丈夫」と伝える公共広告を作成した。

AT&Tは、教育テクノロジー・ソリューションのビジネス立ち上げを支援する同社のアクセラレータープログラムの卒業生で、スタートアップ「マインドライト・ヘルス(Mindright Health)」とも手を組んだ。マインドライト・ヘルスは、13歳から25歳までの若者の悩みやストレスなど人生の問題について、携帯のSMS(ショートメッセージサービス)を使って話を聞き、困難を乗り越えられるよう寄り添い支援するサービスを提供する。ハンソン氏は「対面での授業がなく、不安と抑うつに苦しんでいる若者たちを、彼らが必要とするリソースと繋ぐ手助けをするために、マインドライト・ヘルスと協力しました」と語る。

レインゴルド氏はダノンの柔軟な休暇制度に誇りを持っており、休暇をとることがメンタルウェルビーイングと、ビジネスの目標達成をどれだけ向上させるかを、スタッフやマネジャーが話し合えるようにしていると話す。

持続可能性のためのプログラムに、メンタルウェルビーイングを組み込むには

メンタルヘルスが企業の課題として浮上してくる中で、それを別個の問題として見なすのではなく、企業の肝となる持続可能性のためのプログラムの中に組み込むことはなぜ重要なのだろうか。バルー氏にとって、パンデミックは企業哲学を抜本的に変えるものだった。「雇用者はかつてないほど従業員中心になっています。企業は、従業員のウェルビーイングが長期的にみて事業の持続性に非常に重要だと実感しています。そして人々と地球は密接に関係しているのです」とバルー氏は話す。

AT&Tでは、若者の間で気候変動への不安が高まっていることが、経営陣の関心を集めている。「企業として、私たちは若者たちが気候変動についてどのように感じているかについて、そして私たちがどう若者を助けることができるか、その交わる部分に興味を持っています」とハンソン氏は語る。同社は若者たちが苦しむ課題に関するコンテンツ、アドバイス、リソースを提供しようと懸命に取り組んできたという。

パネルディスカッションでは、メンタルウェルビーイングに影響を与え続ける多くの環境的なストレス要因も強調された。バルー氏は建物環境が私たちのメンタルヘルスにどう影響を与えうるかを示す例として、建築における空間設計と製品の選定について指摘した。「十分な自然光があることは、私たちの目の健康だけではなく、睡眠と覚醒のサイクルを調整する体内時計を良好に保たせるという研究結果があります」と同氏は説明する。

得意なことに集中する

ウェビナーセッションの最後には、各パネリストがメンタルヘルスの支援を行おうとしている企業に、それぞれの分野からアドバイスした。自社のコミュニティに働きかけ、何が彼ら・彼女らにとって重要なのかを聞いたというAT&Tの経験を振り返り、ハンソン氏はこう話した。

「自社のDNAにあるものに焦点を当てましょう。金銭的な貢献は重要です。しかし、それ以上に技術や人材、意識改革のための能力など、あなたの企業のユニークな点について考えましょう」

レインゴルド氏も、取り組みを、企業のコアのビジネス戦略に結びつけることが重要だということに同意する。

「この領域にインパクトを与えるにはさまざまな方法があります。だからこそ、自社が影響を与えようとしている要素を理解し、戦略を修正し続けて、パートナーや専門家から学び続けながら、それを正確に実行しているかを確認する必要があるのです」

EVERFIのマクリントック氏は、より広い企業戦略の一環としてメンタルヘルスの問題に取り組むことになるとどうなるかを次のように告げ、セッションを締めくくった。

「持続可能性を求める取り組みは旅のようなものです。学べば学ぶほど、多くのことができるのです」

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