フールズ・ゴールドの2ndアルバム『ミスター・ラッキー』は歌も演奏も文句なしの傑作

『Mr. Lucky』(’77)/Fools Gold

1970年代中頃は、AORやフュージョン(当時はクロスオーバーと呼んでいた)に注目が集まっていて、スタッフのデビュー盤『スタッフ!!』(’76)、ボズ・スキャッグスの『シルク・ディグリーズ』(’76)、ネッド・ドヒニーの『ハード・キャンディ』(’76)、ジョージ・ベンソンの『ブリージン』(’76)、デュアン・オールマンの再来と言われたレス・デューデックの1st『レス・デューデック』(’76)や2ndの『セイ・ノー・モア』(’77)、ウェザー・リポートの『ヘビー・ウェザー』(’77)、スティーリー・ダンの『彩(エイジャ)』(’77)、リー・リトナーの『キャプテン・フィンガーズ』(’77)、マイケル・フランクスの『スリーピング・ジプシー』(’77)など、多くの話題作がこの時期にリリースされている。特に、当時の大学の軽音などでは彼らの演奏を手本にして練習していた人が多かったはずなので、これらのアルバムを覚えている人も少なくないだろう。

ひと言にAOR/フュージョンといっても、両者にはさまざまな違いがある。分かりやすいように極論すれば、“歌”が中心(AOR)か、“演奏”が中心(フュージョン)かである。一方、共通点としては“都会的なサウンド”、“耳の肥えたリスナーを満足させるだけの演奏技術”などが挙げられるだろう。 AOR系のアルバムにおいて、バックミュージシャンとして多く参加していたのが、ドラマーのジェフ・ポーカロ(1992年逝去)、キーボードのデビッド・ペイチ、ベースのマイク・ポーカロ(or デビッド・ハンゲイト)ら、TOTOの主要メンバーである。中でも、ボズの『シルク・ディグリーズ』は時代の先端を行くサウンドで、多くの音楽ファンが注目し、商業的にも大成功した。日本でもレコード(今はCD)を買う際に参加ミュージシャンをチェックする人が増えるなど、スタジオミュージシャンという存在が大きな注目を集めることになった。日本でAORやフュージョンが流行したのも、彼らスタジオミュージシャンの優れた仕事にあったことも大きな理由のひとつであろう。

これらのアルバムが成功を収め、以降“売れる”と踏んだレコード会社の営業戦略として多くのAOR/フュージョン作品が粗製乱造されるようになる。デジタル時代を迎える80年代初頭あたりには、AOR/フュージョン作品が注目を集めることも少なくなっていく。ただ、内容が素晴らしいにもかかわらず、売れないアルバムが多かったことも事実である。今回取り上げるフールズ・ゴールドの2ndにして最終作となる本作『ミスター・ラッキー』もその一枚である。このアルバムは圧倒的な名曲名演揃いということに尽きるのだが、バックを務めるTOTOの面々をはじめ、凄腕のプレーヤーたちが歌伴を忘れたのかというぐらい演奏に力点を置いていて、それもまたこのアルバムの大きな魅力になっている。長い間、入手困難であったが、最近は廉価盤として再発しているので取り上げることにした次第。

ウエストコーストロックの登場

1972年にデビューしたイーグルスは、バーズ、フライング・ブリトー・ブラザーズ、ポコ、ディラード&クラークらが作り上げてきたL.A産のカントリーロックを完成させたグループである。イーグルスの魅力はポップなメロディーと爽やかなコーラス、そして洗練されたカントリーフィールにあり、デビューアルバム『イーグルス・ファースト』(’72)に収められた「テイク・イット・イージー」や「ピースフル・イージー・フィーリング」などの曲が持つテイストは、ウエストコーストロックのプロトタイプとも言えるものだった。

イーグルスのサウンドは以降多くのフォロワーを生むことになったが、イーグルス自身は4thアルバム『呪われた夜(原題:One Of These Nights)』(’75)でウエストコーストロックからの脱却を図っている。このアルバムでの方向転換は、一般のロックファンからは支持を集めることになったが、それまでのウエストコーストロック(カントリーロック)ファンはその多くが離れていく結果となった。

ウエストコーストロックを支持する原理主義的なリスナーは、その興味をイーグルス・フォロワーへと向けるようになる。バックエイカー、オザーク・マウンテン・デアデヴィルズ、ピュア・プレイリー・リーグ、ピアース・アロー、ファンキー・キングス(ジュールズ・シアーが在籍)などは、日本でも輸入盤専門店で大いに人気があった。

余談だが、このあたりの図式はアメリカではサザンロックでも同様の傾向があり、サザンロックを生み出したオールマン・ブラザーズ・バンドのフォロワーとして、マーシャル・タッカー・バンド、チャーリー・ダニエルズ・バンド、ウェット・ウィリー、グラインダースウィッチ、エルヴィン・ビショップ・バンドなどが次々に登場している。

イーグルスの弟分

フールズ・ゴールドはイーグルスの本家筋の弟分としてデビューした。レコード会社こそアサイラムではなくアリスタであったが、彼らのデビューアルバム『フールズ・ゴールド』(’76)のプロデュースはグリン・ジョンズ(イーグルスの1stでのプロデューサー)、グレン・フライとジョー・ウォルシュ(ともにイーグルスのメンバー)、ジョン・ストロナックの4名が数曲ずつ務め、ジョー・ウォルシュとドン・フェルダー(彼もイーグルス)がギタリストとしてゲスト参加しているぐらいなのだから、まさに直系のフォロワーだと言える。サウンド面でもコーラスや演奏スタイルは初期のイーグルスにそっくりで、ウエストコーストロック・ファンはフールズ・ゴールドの登場に拍手を贈ったものである。

フールズ・ゴールドというグループ

フールズ・ゴールドのメンバーは、トム・ケリー(Ba&Vo;)、デニー・ヘンソン(Gu&Vo;)、ダグ・リビングストン(Key&Pedal; Steel)、ロン・グリネール(Dr&Per;)の4名。リーダー格はケリーとヘンソンのふたりで、彼らが曲作りとリードヴォーカルやコーラスアレンジも行なっている。

イリノイ州出身のケリーとヘンソンは1969年頃からザ・ギルドというブレッド風のソフトロックグループで一緒に活動しており、シカゴのソウルレーベルであるトワイナイトから1枚、72年にはエレクトラからも1枚、それぞれシングルをリリースしているが鳴かず飛ばずであった。

メンバー4人がフールズ・ゴールドとして揃ったのは74年、同郷のシンガーソングライター、ダン・フォーゲルバーグのツアーバンドとしてオーディションで集まったのがきっかけだ。売れっ子のフォーゲルバーグのバックを務めたことで、多くのアーティストに彼らの名前が知られるようになる。翌75年、グリネールは、ジム・ゴードン(元デレク&ドミノス)が抜けたサウザー・ヒルマン・フューレイ・バンドのドラマーに抜擢されるが、1年経たずにグループは解散、すぐにフールズ・ゴールドに出戻らざるを得なくなった。

76年、フォーゲルバーグの口利きで大手のアリスタ(所属はフォーゲルバーグの持つモーニング・スカイ・レーベル)から1stアルバム『フールズ・ゴールド』をリリースする。前述したように、このアルバムはケリーとヘンソンの優れたソングライティングとイーグルス譲りのコーラスを武器に、デビュー作ながら優れた内容となった。特に、ジョー・ウォルシュが参加した「カミング・アウト・オブ・ハイディング」やドン・フェルダーが参加した「レイン・オー・レイン」などはウエストコーストロック史に残る名曲だと言えるし、フォーゲルバーグ作の「オールド・テネシー」はオリジナル録音(『囚われの天使』(’75)所収)よりも出来が良いのではないかとさえ思う。

本作『ミスター・ラッキー』について

そして、プロデューサーにキース・オルスン(フリートウッド・マックの『フリートウッド・マック』(’75)で大成功を収めた)を迎えて2ndアルバム制作のためにスタジオに入った彼らは、そこに多くのゲストアーティストがいることに驚く。結成間近のTOTOの面々(スティーブ・ルカサー抜き)、ブリティッシュ・ファンク・グループのキャド・ベルのメンバー数名、ギターにはワディ・ワクテルとアンドリュー・ゴールド、サックスのトム・スコット、キーボードとアレンジにはデビッド・フォスター、オルガンにビル・チャンプリン、アンドリュー・ゴールドなどなど、オルスンのやりたい放題の面子が揃っていて、グリネールはドラムを叩かせてもらえず、リビングストンもペダルスティールだけの参加となった。

オルスンの原価意識の低さによって、参加メンバーだけで制作予算をオーバーしてしまい、結局マスターテープはアリスタからコロンビアに売りに出されることになった。コロンビアも多額の出費で、プロモーション費用が捻出できないまま本作はリリースされたものの、予算削減のためメンバーはケリーとヘンソンの2人組になってしまうのだ(但し、ツアーでは4人で活動)。売れてるプロデューサーの勝手気ままなふるまいで、フールズ・ゴールドは宣伝もされず大迷惑を被ることになってしまったが、アルバムの内容は1stをはるかに凌ぐ傑作となった。ケリーとヘンソンのソングライティングは冴え渡り、全ての曲(収録曲は全部で9曲)が名曲だと言い切ってしまおう。

サウンド的にはウエストコーストロック的な部分もあるが、アレンジにはオルスンやフォスターが関わっているだけにAORテイストが大きい。しかし、実はケリー&ヘンソンのソフトロック的なソングライティングにはAOR的なアレンジが最も適していると言えるのではないだろうか。アルバム全体を通して、ジェフ・ポーカロのドラムとフォスター&ペイチの鍵盤プレイが歌伴であるにもかかわらずロックしまくっているのが爽快この上ない。これほどアグレッシヴな彼らのプレイは、ライヴ以外ではなかなか聴けない貴重なものだ。

2枚しかないフールズ・ゴールドのアルバムはどちらの作品も傑作であり、なぜか日本が世界に先駆けてCD化している。ということは、日本には彼らのファンが少なからずいるのかもしれない…。

TEXT:河崎直人

アルバム『Mr. Lucky』

1977年発表作品

<収録曲>
1. スウィート・カントリー・エア/SWEET COUNTRY AIR
2. 口笛が聞こえる/I CAN HEAR THE WHISTLE BLOW
3. ラヴ・ユー/WOULDN'T I LOVE TO LOVE YOU
4. ラニン・アンド・ハイディン/RUNNIN' AND HIDIN'
5. フライ・アウェイ/FLY AWAY
6. ジプシー・ブリュー/GYPSY BREW
7. ミスター・ラッキー/MR. LUCKY
8. ゴー・ロング/WHERE DID OUR LOVE GO WRONG
9. キャプテン/CAPTAIN

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