トヨタのアプリでJR九州と西鉄が協業 背景を運輸総研のセミナーから読み解く【コラム】

西鉄は鉄道のほか、バス事業でも全国トップクラスを行く交通事業者です。鉄道の基幹路線は西鉄福岡(天神)―大牟田間の天神大牟田線。写真は2007年にデビューした3000形電車(ゴスペル / PIXTA)

鉄道業界では、相変わらず交通の総合情報基盤・MaaSに関するニュースが飛び交います。多くは、「鉄道事業者がMaaSで乗り継ぎや最終目的地までのアクセスを改善して、利用促進を図る」に類する中身ですが、鉄道MaaSには、もう少し別な見方もできそうです。それは、MaaSを仲立ちとした複数事業者の協業です。

競争から協調へという新しい流れを意識したのは、運輸総合研究所が2021年3月に福岡市で開催した運輸政策セミナーの情報を知ったから。九州エリアでは2019年秋から、JR九州、西日本鉄道の鉄道2社と、トヨタ自動車がタッグを組んで移動サービスを向上させ、公共交通の利便性向上に成果を挙げるそうです。ここではセミナーの資料を基に、3社の役割分担や実際のサービス向上策を紹介。さらに関連する話題として、JR東日本と私鉄のMaaS連携2題を取り上げました。

セミナーはオンライン会議システムで開催され、JR九州、西鉄、トヨタの部課長クラスが参加。東京大学公共政策大学院の長谷知治特任教授がコメンテーターを務めました。(画像:運輸総合研究所)

トヨタのアプリにJR九州と西鉄が乗る

出発地、経由地、目的地と利用交通手段を入力すると出発時刻などが表示されるMaaSアプリ「my route」イメージ(画像:運輸総合研究所(トヨタ自動車提供))

JR九州、西鉄、トヨタのMaaS協業は、トヨタの「my route(マイルート)」というMaaSアプリに鉄道2社が情報提供して、鉄道とバスのルート検索や、列車予約できるようにしたサービス向上策です。交通分野では、とかく〝鉄道vs自動車〟のステレオタイプな見方をされがちですが、なぜトヨタのアプリで列車やバスなのか。その点から解き明かしましょう。

トヨタは、2014年に策定した経営理念で、「もっと移動したくなる環境づくりを通じて、すべての人の移動の自由と、ずっと賑わう街づくりに貢献する(大意)」を打ち出しました。人は何か目的があって初めて出掛けるわけで、移動したくなる街づくりを進めれば、自動車にも鉄道にもプラスになります。

MaaSアプリのmy routeは、2018年から福岡市で実証実験。1年後の2019年秋からは、福岡、北九州の福岡県2市でサービスを開始しました。my routeで提供するのは、①ルート検索、②予約・決済(支払い)、③イベント・スポット情報――という定番の3機能。自動車メーカーのルート検索は、通常は道路や駐車場を知らせるカーナビですが、トヨタは列車やバスも含めて情報提供します。自動車メーカーらしいのは、カーシェア(レンタカー)営業所の案内でしょうか。

my routeの公共交通系のサービスでは、JR九州の列車がインターネット予約できるほか、訪日外国人専用1日フリー乗車券をネット販売します。西鉄では、「バス・鉄道フリー乗車券」をネット販売、鉄道やバスのリアルタイムの運行情報がチェックできます。とはいうものの、トヨタが鉄道のきっぷを直接売るわけでなく、トヨタのアプリからJRや西鉄のサイトに飛べるようにしているのです。

「移動の自由のない地域は衰退する」

「移動のすべてを一つに!」を目指すJR九州のMaaSサービスイメージ(画像:運輸総合研究所(JR九州提供))

JR九州や西鉄は、ライバルとの連携をどう考えるのでしょうか。JR九州の資料に、ヒントになりそうな九州の交通環境が紹介されています。主な指標は「高齢化率28.5%」「買い物困難者99万4000人」「免許返納者数2万8300人」「赤字のバス会社90.9%」など。地域の高齢化が進んで、地域公共交通の経営環境は急速に悪化しています。

JR九州は、多彩なD&S(デザイン&ストーリー)列車で観光列車ブームを巻き起こし、国内外から人を呼び込んで、経営を成り立たせてきました。しかし今、コロナでそうしたビジネスモデルはいったん休止を余儀なくされ、地域をもう一度見直す必要に迫られています。そのことも、西鉄との関係を構築するきっかけになったはずです。

かつてライバルだった西鉄との協業に当たり、JR九州が再認識したのが「移動の自由がない地域は衰退する。九州から離れられないJR九州にとって、住み続けられる地域の維持は、地域交通を受け持つ企業の責務として、きわめて重要な命題(大意)」の大前提。そして、協業の手段がMaaSだったわけです。

JR九州と西鉄は2019年11月、MaaS連携を発表しました。JR九州はMaaSサービス開始で見えてきたこととして、「自動運転モビリティやオンデマンド交通の重要性」「シームレスな交通ネットワークを実現するための課題解決」「MaaSアプリプラットフォームの必要性」などを挙げています。

「世界的自動車メーカーからの連携打診に驚きと関心」

MaaSによる連携を発表するトヨタ自動車、JR九州、西鉄の3社代表(画像:運輸総合研究所(JR九州提供))

JR九州と西鉄の協業は、間にトヨタのMaaSアプリが入って初めて実現できたわけですが、鉄道2社は自動車メーカーとの連携をどうとらえたのでしょうか。西鉄の資料には、「世界的な自動車メーカーからの連携打診に驚きと関心」の一文があります。

西鉄はトヨタからの申し出を受け、「地域の公共交通を維持するため、鉄道やバスの公共交通と、他のモビリティ(カーシェア、サイクルシェアなど)との連携推進の必要性」を再認識したそうです。西鉄の資料に、「西鉄は、福岡から逃げ出すことはできない。福岡を移動しやすい、魅力ある街にすることで、地域とともに発展する」のフレーズがありました。

JR九州は「九州から離れられない」、西鉄は「福岡から逃げ出すことはできない」。会社は違っていても、同じ鉄道事業者、考えることは一緒だったわけです。

JR九州の列車から西鉄バスへの乗り継ぎをスムーズに

JR九州と西鉄の協業は、ダイヤ改正を機に北九州市の日豊線下曽根駅で、列車からバスへの乗り継ぎをスムーズにするといった形で表れています。トヨタは、「九州の地方都市から福岡市に出掛ける場合、自宅から最寄り駅にカーシェア車で移動した後、列車で博多へ、さらに西鉄バスで福岡市内の目的地へ」といった、MaaSを介したスムーズな移動サービスを考えています。

トヨタを含む3社は、将来的なカーシェア車の自動運転、ビッグデータを活用した移動のさらなる利便性向上などを、今後の検討事項としています。

Izukoで東急、JR東日本、伊豆急が連携

東急、JR東日本、伊豆急が協業する観光型MaaS「Izuko」による地域振興イメージ(画像:東急)

ここからは福岡エリアと同じく、MaaSを介した鉄道事業者の連携2題を取り上げます。東急、JR東日本、伊豆急行の3社は2020年11月から2021年3月まで、静岡県伊豆エリアを対象に、3段階に分けて観光型MaaS「Izuko(イズコ)」の実証実験を実施しました。Izukoは、オンデマンド交通など、さまざまな公共交通機関や観光施設、観光体験をスマートフォンで検索・予約・決済できるサービスです。

機能面では、前回のフェーズ2で当日購入としていたチケット類について、事前購入機能を追加。さらに、Izukoで観光情報や交通チケットが提案できるようにし、レンタカー割引などの特典も用意しました。感染拡大防止の3密回避では、駅・観光施設の混雑情報を配信。昼はレジャー、夜は仕事のワーケーション施設と連携して、商品割引に使えるクーポンコードを提供しました。

伊豆半島は伊豆急のテリトリーで、首都圏から旅行する場合、東京から伊豆へはJR東日本、現地では東急グループの伊豆急が役割分担します。Izukoは、3社が東京から伊豆への移動と、現地でのアクセスを分け合ったMaaS協業のモデルといえるでしょう。

京阪HDは京都観光でJR東日本のMaaSアプリに乗る

JR東日本のもう一つのMaaS連携は、京阪ホールディングス(HD)と共同で実施した「奥京都MaaS」の実証実験です。国土交通省の「MaaSによる地域課題解決の推進・支援事業」に応募して採択。実験期間は、2020年10月から2021年1月まで。鉄道2社に京都市観光協会などが加わり、検索・手配・決済の機能を一元的に提供するJR東日本の「モビリティ・リンケージ・プラットフォーム」をベースに、MaaSサービスを構築しました。

JR九州と西鉄、さらにはJR東日本の2件の協業例で見るように、MaaSはライバルの鉄道事業者や鉄道以外の事業者との連携を可能にします。別のコラムにも書いたように、MaaSは新たな移動需要を創出する手段でないため、過剰な期待は禁物でしょうが、MaaSアプリを活用すれば、より柔軟な連携が可能になることは認識していいでしょう。

文:上里夏生

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