リニア新幹線の命運を握る静岡県知事選挙の背景! 「富国有徳」の学者知事に 建設族期待の前参議院議員が挑戦【上】(歴史家・評論家 八幡和郎)

静岡県の公式Facebookページより

4選を狙う川勝知事に岩井前自民党参議院議員が挑戦

静岡県知事選挙が、6月3日に告示され20日に投開票される。連合などに支持された現職の川勝平太氏(72)が4選を目指し、それに対して、元自民党参院議員で国土交通副大臣を務めた岩井茂樹氏(52)が挑戦する図式だ。

川勝知事は、静岡県立大学学長をつとめていたが、2009年9月の鳩山由紀夫内閣誕生の2か月前に、民主・社民・国民新推薦で立候補し、自民・公明推薦の労働官僚で参議院議員だった坂本由紀子氏を僅差で破って当選。政権交代へはずみをつけた。

再選の2013年には政党推薦を受けず、自民支持(公明は政策の不一致などを理由に支持せず)のスポーツ・コンサルタントの広瀬一郎氏を寄せ付けず、トリプルスコアで退けた。

3選目の2017年には、自民党も意思統一ができず無党派同士の戦いとなったが、五輪銀メダリストの溝口紀子氏を約60パーセントの得票率で破った。

今回は、コロナ騒動で県民に移動の自粛を呼びかけているにもかかわらず軽井沢にある自宅に帰っていた、パスポートを紛失して海外出張に行けなかったといったプチ・スキャンダルもあった。

また、日本学術会議の会員任命問題に関連して「菅義偉という人物の教養のレベルが図らずも露見したということではないか」「学問をされた人ではない」と発言して一部撤回に追い込まれたりもしたので、チャンスとみて、自民党が独自候補の擁立に踏み切ったかたちだ。

リニア新幹線問題とJR東海と静岡県の長年の戦い

しかし、マスコミなどでは、リニア新幹線工事に伴う大井川流域の地下水への影響を巡って川勝知事が工事にストップをかけている問題への対処が焦点だとみられている。

リニア新幹線のトンネル工事が大井川流域の水量に影響を与えることを危惧して、川勝知事が非常に慎重な対応を要求していることで、これに困り切ったJR東海などが、知事4選阻止に動いたのが背景にある。

リニア新幹線の第一期工事である東京(品川)―名古屋間は、神奈川、山梨、長野、岐阜を通って名古屋駅に入るルートだが、静岡県の北部にある南アルプスの10kmほどをかすめる。もともとは、山梨県から長野県の諏訪方面に入り、さらに、伊那地方の飯田を通り岐阜県に入ると考えられてきた。南アルプスに長大トンネルを掘ることは、技術的に難しいと考えられたからだ。

ところが、JR東海が最短距離で結ぶために、南アルプスを横断して伊那地方に入るルートを採用したことで、駅のない静岡県をかすめることになったのである。そもそもでいえば、これに無理があった。

静岡県は2011年から、環境への配慮を求めてきたが、2017年10月に川勝知事がJR東海に抗議を始めた。トンネル工事で湧き水が出るため、大井川の流量減少が懸念されるという理屈である。県はJR東海に対してトンネル湧き水全量を大井川に戻せと求めている。

ただし、岩井氏はJRの計画を呑むとは云ってないし、「リニア推進派」ではないという。川勝知事は、トンネルを掘ってから水を守るのか、それともトンネルを掘る前に精査が必要かどうかというところが違うという。

ここは、トンネルなど掘ってみないと分からないところは残るから、川勝知事の要求は厳しすぎるようにも聞こえるが、岩井氏も「地域の住民の方のご理解と協力なくしては事業を進めることはできないと思っている」と言っているので、差がどこにあるかは、よく分からない。

ただ、この問題が川勝知事に有利な方向に働いているとみられているのは、JR東海と静岡県の間には、長い葛藤があり、「強者」であるJR東海に対する静岡県民の怨嗟には根深いものがあるからだ。

なにしろ、JR東海は静岡県を非常に冷遇してきた。これに対する静岡県民の怨嗟の声は非常に強いものがある。

たとえば、東海道新幹線は、全体の距離の3分の1が静岡県内だが、東京―大阪間の新幹線は1時間に片道20本近くあるのに(コロナ渦以前)、浜松駅に停車するのは基本的には1時間に片道3本だ。

東海道新幹線が開業した1964年にも、浜松駅に停車する新幹線の本数はこだまが1時間に3本で、所要時間も2時間程度で開通当時から進歩していない。東京と大阪間もひかり3本、こだま3本で、東京―新大阪間がひかりで3時間10分だったが現在では30分ほど短縮されている。

川勝知事の前任者の石川嘉延知事も、JRが静岡県内の路線では、ロングシート(縦座席、車両側壁に沿って座席を設置する形式)の車両しか走らせず、クロスシート(横座席、横向きの座席の形式)がないのが象徴的だとか仰っていた。

愛知・岐阜・三重では名鉄や近鉄といった私鉄と並行路線が多いので、競争上、乗り心地にまで力を入れるが、独占状態の静岡では横着だというのである。

静岡県が熱望した静岡空港駅は、空港のすぐ近くを新幹線が通っているにもかかわらず、拒否された。そこで、石川知事時代には、「新幹線通過税」でも取るかという話まであった。国全体のセキュリティの観点などからすれば、静岡空港駅は実に理に叶っていたのに残念だ。

そういう意味では、本来、公共インフラである鉄道を、民営化して経営だけの視点が突出するかたちで、整備されている現状の矛盾が引き出したかたちだ。国家が主導で決めた計画ならともかく、一営利会社の事業では、こういうことが起きるのは当然だ。

 

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