地域の課題を自分ごとにすると、 やりたいことが見えてくる

信州大学、富山大学、金沢大学3大学連携の、地域創造人材育成プログラム「ENGINE」。
参加3大学の声を聞いてきたが、第3回目の金沢大学は「観光」を主題としつつ、さらにユニークな施策も打ち出している。プログラムリーダーの佐川哲也教授は語る。

地域創造の範囲を大きく広げるプログラム

「ENGINEプログラム」は、文部科学省が進める「大学による地方創生人材育成教育プログラム構築事業(COC+R)」として選ばれた、信州大学、富山大学、金沢大学の連携によるプログラムだ。2013年度の「地(知)の拠点整備事業(COC)」、2015年度からの「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)」に続き、大学を拠点として地方創生を推進するプロジェクトとなる。今回お話を聞いた金沢大学の佐川哲也教授は、COCから深い関わりを持ってきた。

「金沢大学には2008年から地域創造学類がありました。当時、地域をテーマにする取り組みをしている大学は少なく、複数の大学を回って勉強しつつ立ち上げたのです」

そしてCOCで大学と地域のつながりを見つけ、COC+では石川県への人材定着を図り、COC+Rは3大学の連携で人材を育てることとなった。

「信州大学から、県域を越える取り組みをしようとの提案を受けました。それぞれが持っている強みを出し合っていければと。もともと長野県からの学生はそれなりに来ていましたが、行き来するのは大変でした」今は1時間かからずに長野市内へ足を伸ばすことができる。この越県プロジェクトには、やはり北陸新幹線があるメリットは大きい。

(※画像は佐川教授 オンラインインタビュー時のスクリーンショット)

学生自身にとって「地域とは?」

ところが、肝心の学生たちにとって地域とのつながりは「自分ごと」ではないと、佐川教授は言う。

「大学に入るまでは、地域とのつながりを切り離した状態で一生懸命勉強していたわけです。先生から与えられたものをこなしていればよかった。ところが、ENGINEプログラムは地域の中でいろいろな問題や課題を見つけて解決する力を付けるものですが、自分が地域で暮らしていることを理解していない学生が多いのです。先生が与えてくれるものに沿って勉強していたって関心や意欲が湧きません」

自分の暮らす場所を「地域」として認識していない。それが佐川教授の不満だ。さらに、公務員志望の学生は多いものの、試験にだけ目が向いて、入ったあと何がしたいのかピンと来ていない。

「ポテンシャルはあるんだろうけれど、何も考えず公務員になっても面白くないでしょう。それよりも地域の中に出かけていってほしい。教員がつながりのある地域へ連れて行ったり、自らの関心に沿った所へ行ったり、とにかく地域を見ることです」

奇しくも信州大学編で林靖人教授が「大学では自ら学びに行く姿勢が必要」、富山大学編では小熊規泰教授が「もっと町の中へ出ていくべし」と語っていたことと、ほぼ重なる。こうやって自ら学び取った問題や課題解決能力は、3年次のインターンシップに向けても大きな武器となる。

ほしいのは、何を学びたいか明確な学生

金沢大学では「KUGS高大接続プログラム」を通じて、能力・資質・意欲を多面的・総合的に評価するKUGS特別入試という方式を2020年から実施している。大学が提供するプログラム(実際の講義やWebセミナーなど)を受講後課題レポートを提出し、一定の基準に達するなどの条件を満たした受講者にKUGS特別入試の出願資格を与えるものだ。

「新しい形のアドミッション・オフィス(AO)である」と佐川教授は説明する。将来に明確な目標を持っている、主体的に行動する、自身の夢の実現に強い意欲を持つなどが、求められる能力や資質だ。「地域創造学類のKUGS特別入試では、大学で何を学びたいか、何を目指したいかが明確な受験者を集めたいです」

なるほど、ENGINEプログラムで求められる学生の姿に非常に近い。今までのように偏差値で大学が割り振りされていくのではなく、個性を持った学生が個性ある大学へ進む道筋が示される。ENGINEプログラムと親和性のある入試方式と言えるだろう。

「スイッチを入れる」ことで現れるコロナ後の姿

ENGINEプログラムにおける基幹産業(交通、食、インフラ、観光)の中で、金沢大学は観光に強みを見出し、これを中心に企業との連携を強めていく計画だ。しかし、新型コロナウイルスにより、観光の火は消えかかっているのではないか。

「確かにそう言う人もいます。でも私の考えでは、今はちょっとした『安全装置』が働き、観光のスイッチを切っているに過ぎません。スイッチを入れればまた動き出します」

人々の間に、出かけたいという想いが強く残っている分、スイッチ再投入後は大きく展開する可能性がある。この状況下で、従来にはなかった新しい観光の形が生まれてもおかしくないと佐川教授は分析する。

「スイッチを入れると複数の楽しみ方がパパパッと現れるなんて、面白いじゃないですか」

また、コロナ禍での学生生活にも新たな学生の姿を見ることができたという。入学式がなく、ガイダンスもできなかった2020年度。オンラインで情報発信するのみで、同級生の顔を実際に見ることもない。しかしその期間で、学びに対して非常に貪欲になった。

「6月に対面授業を初めて行ったんですが、まったく喋ったことがなかった同じ学類の仲間が隣に、同じ空間にいるわけです。自分がやりたかったのはこうなんだ、という波動が教室中に広がって、みんなとても嬉しそうでした」

2・3年生たちがZOOMを使って1年生たちのためのケアをしてくれていたとも。情報が少なかった分、つながりに飢えていたのかもしれない。制限されたがゆえに行動力も上がる、そんな経験をした1年だったそうだ。

歴史的街並みはじめ観光資源には事欠かない

立教大学とも連携し観光の中核人材を育成

2021年3月29日、石川県七尾市の和倉温泉「加賀屋」にてある協定の締結式が行われた。それは、金沢大学と立教大学(東京都豊島区)による「連携・協力に関する協定」だ。立教大学は観光学部を擁し、70年以上に及ぶ観光教育の歴史を持っている。観光業界に、数多くの人材を送り出してきた。一方金沢大学は、2022年4月に観光デザイン学類(仮称)の設置を構想しており、それには地域創造学類が大きく関わっている。

「今まで地方の大学は、それぞれのエリアに閉じこもってきました。ENGINEプログラムは3県越境して始まりますが、それとは別に東京の大学と手を組むことになりました。加賀屋の小田禎彦相談役にもご協力いただき、立教のノウハウ、石川や金沢といった古都の魅力に加え、日本を代表する旅館のアドバイスも交えていきます」

加賀屋は、「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で36年連続日本一に選ばれた温泉旅館。能登全体の産業や文化にまで大きな影響を与えている。

地域全体を活性化する中核的な人材育成、という両大学の連携の目的も重みを帯びてくる。「加賀屋のような存在が大学の人材養成をバックアップしてくれる時代になり、とても嬉しいです」と佐川教授は感慨深く語る。

3県がつながったから、エリアは3つではなくひとつになって広がり、まずは県境を越える。長野や東京とは反対側の、福井や岐阜にも目は向けられていくだろう。

立教大学とも連携協定を結びプログラムにより厚みが加わる(写真提供:金沢大学)

企業とのつながりを強化するコーディネーター

ENGINEプログラムで大きな要素となるのが、地域企業とのつながりだ。初期の「地域のトップリーダーを繋ぐ」科目、インターンシップ、そして就職。そのつながりを強めるため、金沢大学で特徴的なのは「コーディネーター」の存在だ。

「『ガクトラボ』という会社の若手にコーディネーターとして入ってもらい、彼らのネットワークやノウハウを使いながら、企業とのつながりを拡大していきます」

ガクトラボは、学生と企業のマッチングをしたり、インターンシップ企業を紹介したりと、地域におけるコーディネーションで知られる金沢市の会社だ。

「大学としては企業とのつながりを拡大でき、ガクトラボには大学での経験をお返しすることができます。3大学の連携で、富山や長野にも営業に行ってもらったっていい。コロナ禍での授業体制は、彼らもサポートしてくれたんです」

まだリアルに交わることのできない大学内の状況、そしてスイッチが切られたままの観光の現場。それでも、足元ではオンラインを中心に可能性は広げられつつある。授業しかり、大学間の連携しかり。スイッチが入った時どのような風景が繰り広げられるか、今のうちから楽しみにしておこう。

金沢大学 佐川 哲也教授

昭和59年愛媛大学教育学部中学校教員養成課程 卒業、昭和62年筑波大学大学院修士課程体育研究科 修了、平成3年筑波大学大学院博士課程体育科学研究科 単位取得退学、教育学修士、平成5年4月金沢大学教育学部 助教授、平成19年金沢大学教育学部 教授、平成20年金沢大学人間社会研究域 教授、平成30年1月から学長補佐(大学間連携)同4月から人間社会学域地域創造学類長。専門分野はスポーツ社会学、子ども環境学。愛媛県立松山東高等学校出身。

投稿 地域の課題を自分ごとにすると、 やりたいことが見えてくる大学ジャーナルオンライン に最初に表示されました。

© 大学ジャーナルオンライン