「こんなところに人工知能」サッカー・野球を指南、失った声もよみがえらせる 選手の能力を引き出し、私たちの身体を「拡張」させるAI

 駆けだす大分・田中達也 2020年9月20日、サッカーJ1大分-横浜FCの前半、先制ゴールを決め駆けだす大分・田中達也(左)。AIは三つのパスコースがあると分析し、その内の一つがこのゴールにつながった=昭和電ドーム

 サッカーで成功率が高いパスコースを教えてくれたり、野球では失点しない確率が高い配球を提案してくれたりする人工知能(AI)が開発された。病気や事故で失った体の機能を補ってくれるAIも登場。アスリートの能力を十二分に引き出し、私たちの身体を「拡張」させるAI活用法に迫る。(共同通信=沢野林太郎)

 ▽監督はいらない?

 昨年9月、サッカーJ1大分-横浜FC戦の前半37分20秒。大分の守備の選手から前線の選手にパスが渡った。AIは瞬時に次に選択できるパスコースを三つはじき出した。実際に前線の選手はこの中の一つにパスを出し、得点につながった。これが決勝点となり大分は1ー0で勝利した。

 スポーツデータの分析を手掛けるJリーグのサポーティングカンパニー「データスタジアム」がシステムを開発した。「ピッチブレイン」と名付けられたシステムは、試合の動画や選手の位置情報をAIが分析し、プレー中の全22選手の動きを三角印で表示。どの選手に次にパスを出すことができるか判断し、コースを提示する。AIが選手の骨格や体の向きを判別。次に選手が動きだす可能性がある場所や相手が到達できるエリアを予測し、パスが成功するかを示す。

サッカーの試合をAIが分析したデータ(データスタジアム、株式会社Jリーグ提供)

 AIは野球にも活用されている。同社はピッチャーが失点しない可能性が高い次の配球を予測するシステムも開発した。プロ野球中継で「AIキャッチャー」として活用され視聴者に予測を提供した。

 プロ野球の過去16年間、約400万球分の投球データを全て分析した。得点や出塁の状況、ピッチャーとバッターの過去の対戦成績も参照。投手の得意とする持ち玉も分析し最適な球種、コースを1・5秒で予測する。

 システムを試合中に選手が参照してプレーすることはルール上できないが、複数のチームが導入を検討しているという。同社の斉藤浩司(さいとう・こうじ)執行役員は「試合の振り返りや戦略を考える上で役立ててほしい」と話している。

 ▽デジタルボイス

 「このTシャツは僕がデザインしました。作曲もしています」。全身の筋肉が次第に動かせなくなる難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者、武藤将胤(むとう・まさたね)さんがゆっくりと話し始めた。聞こえているのは本当の声ではない。声を失う前に録音したデータを基にAIが合成した本人そっくりの「デジタルボイス」だ。

「デジタルボイス」を使い取材に応じる武藤将胤さん=東京都港区

 広告代理店に勤めていた27歳の時、スマートフォンを持つ手が震えた。洋服のボタンを留めることができなくなり、食べ物をのみ込むことも難しくなった。気管を手術しなければならなくなったが、手術すると自分の声が出せなくなる。「声を残したい」。東芝のグループ会社と協力し、自分の声からAIで合成音声を作り出す技術開発に携わった。

 2020年1月、手術を終えて声を失った。現在は意思を伝えたいとき、タブレットに表示された文字を目の動きで追って文章を作成する。数秒後、デジタルボイスが武藤さんの声で文章を読み上げる。ALSの啓発を行っている団体「WITH ALS」で一緒に活動する柴田菜々(しばた・なな)さんは「まるで本人が話しているようだ」と驚く。

 今動かすことができるのは目と手の指と足先だけ。「声は大切なコミュニケーション手段。テクノロジーを駆使して自分らしい生活を続けたい」。将来治療できる日が来るのを待ち続けている。

 デジタルボイスは、無料のアプリ「コエステーション」で誰でも利用できる。スマホに向かい文章を読み上げると数十分後に「声」が完成。文字を入力し発話させることができる。録音量が多いほど自分の声に近づき、喜んだり怒ったりしている声にも変えられる。

 ただ詐欺などに悪用される心配もあるため、本人の許諾を得た場合のみ、IDとパスワードを入れて利用できるようにしているという。

 ▽盲導犬の代わりに

 「ANAのカウンターまで行って」。スーツケースの取っ手を握りしめスマホに話し掛けると、車輪が自動で回り始めた。AIを搭載した視覚障害者の移動を手助けする「AIスーツケース」。盲導犬の代わりに目的地まで連れて行ってくれる世界初のロボットだ。

 AIスーツケースには、開発した日本IBMなど4社の最先端技術が詰まっている。複数のレーザーセンサーが周囲を360度認識し、障害物や歩行者までの距離を測定する。スマホから音声で情報を伝えてくれたり、連動して取っ手部分の側面が振動し進行方向を教えてくれたりする。

視覚障害者の移動を手助けする「AIスーツケース」と浅川智恵子さん

 「前方に自動ドア」。音声が流れると車輪は一時停止する。人が前方を横切ると「複数の人をよけます」と音声が流れ、車輪が進行方向を変え、取っ手部分の左右が振動して誘導してくれる。

 プロジェクトを立ち上げたのはIBMフェローで全盲の技術者、浅川智恵子(あさかわ・ちえこ)さん。日本科学未来館の館長を務める。小学生の時、プールで泳いでいて壁に頭をぶつけ視力を失った。その後は家族に教科書を読み上げてもらい勉強を続けた。

 外出時はつえをつき盲導犬を伴う。障害物の場所も友人の顔も分からない。「視覚障害者だって自由に簡単に1人で街歩きしたい」。テクノロジーなら不可能を可能に変えられると信じている。

 AIスーツケースは目的地のANAのカウンターに無事到着した。歩いた距離約200メートル、約5分かかったが大きな一歩だ。「失われた視力の代わりにAIが私を導いてくれる。まるで私の体の一部のよう」。1人で自由に街歩きする夢をかなえるまで全盲のエンジニアの挑戦は続く。

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「こんなところに人工知能」①

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「こんなところに人工知能」③

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