ASKA「はじまりはいつも雨」優しさと愛の詰まった珠玉の雨ソング 1991年 3月6日 ASKAのサードシングル「はじまりはいつも雨」がリリースされた日

CM曲で問い合わせが殺到、ASKA「はじまりはいつも雨」

「はじまりはいつも雨」を初めて聴いた時、子供ながらに、とても心が温かくなって、なんともいえない安らぎを覚えた。今聴いても、それはまったく変わらない。色褪せることない、雨にまつわる素晴らしい名曲だ。

個人的な話だけれど、幼い頃から、どこに出かけるときも、どんな行事も、すべて雨だった。「また雨だったね、せっかくの入学式なのに」、「卒業式まで…」、「遠足も延期ね」、「あなたが動くと必ず雨ね」…と周囲が苦笑いするほど高確率で雨を降らせる雨女だということは、今でも変わっていない。

音楽に触れるようになって、これまでさまざまな “雨ソング” を聴いてきた。八代亜紀「雨の慕情」、森高千里「雨」、中西保「最後の雨」、小泉今日子「優しい雨」etc… 心に響く素晴らしいバラードが並ぶ。一方、雨ソングの中で、明るめのアップテンポな曲といえば、1952年公開のミュージカル映画「雨に唄えば(Singin' in the Rain)」が、思い浮かぶくらいだろうか。

どうしても “雨” というワードは、“失恋” や “悲恋” といった “悲しみ” の象徴であり、雨女の私としてはそれが、ちょっぴり寂しくもあった。そんな気持ちを吹き飛ばしてくれたのが、1991年にリリースされたASKAの「はじまりはいつも雨」。

当初は、アルバム収録曲ということで制作されたこの曲。CM曲として流れてからは問い合わせが殺到し、急遽シングルとしてリリースされたものだった。

丁寧に繰り返し描いた“幸せな日々”と“不安やせつなさ”

「はじまりはいつも雨」の歌詞は、愛する人を思う主人公の繊細な心の揺れ、心の機微が、とても丁寧に描かれている。

 君に逢う日は 不思議なくらい
 雨が多くて
 水のトンネルくぐるみたいで
 しあわせになる

冒頭から「大切な人」を思いながら、幸せに思いをはせる主人公の心の内が描かれる。「水のトンネル」という言葉は、あまりにも素敵で、その美しい表現に一気に心を掴まれる。そして人を愛することを「幸せになる」と表現した後に続くフレーズ、

 僕は上手に君を愛してるかい
 愛せてるかい
 誰よりも誰よりも

そしてラストに進み、

 君は本当に僕を愛してるかい
 愛せてるかい
 誰よりも誰よりも
 わけもなく君が
 消えそうな気持ちになる

「人を愛する幸せ」に満ちている中、それに続くフレーズを、ASKAは決して果てしなく続く絶頂感や幸福感として描いたりはしない。「愛」に続くのは、「愛するがゆえに生まれる不安やせつなさ」だということ。「愛すること」と「だからこそ生まれる不安やせつなさ」は、表裏一体であることを一曲の中で表現するASKAというアーティストの凄さがここにある。

人は知らず知らずのうちにアンビバレンスな心(相反する二つの心や両面性のようなもの)や、諸行無常(永遠に変わらないものなどない)というような、両極にある気持ちを抱えながら生きている。幸せを手にした瞬間から “幸福感” と、いつか失ってしまうかもしれない “恐れ” や “不安” を抱き、愛すれば愛するほど、不安を手にしてしまう。それはとてもせつなくもあり、悲しい人間の性でもある。

ASKAはこの曲の中の歌詞で、“幸せな日々” と “不安やせつなさ” を交互に繰り返していくことで、人間の根底にある “愛することのせつなさ” を表し、メロディーにもせつなさ成分の入ったコードをしっかりと織り混ぜながら、曲を紡いでいった。

「はじまりはいつも雨」を盛り上げる圧倒的なASKAの歌声

そしてもちろん、このせつない歌詞の世界と美しいメロディーを盛り上げるのが、圧倒的なASKAの歌声だ。その力強さと愛情に溢れる歌声が、聴き手の心を優しさで包んでいく。包容力に溢れるASKAの歌声を聴いていると、まるで魔法にでもかかったかのような気持ちになる。

よく名曲に触れると、目の前に情景が浮かび、映画やドラマを観ているような気持ちになるというが、この曲はいつの間にか自分が「はじまりはいつも雨」という物語の中に引き込まれ、身を置いているようなそんな気持ちになるから、とても不思議だ。いつも曲が終わった瞬間に、はっと我に返り、そしてなんともいえない温かな気持ちに包まれる―― 音楽によって、心が温かくなるというのは、本当になんて幸せなことだろうかとこの曲を聴くたびに思う。

人が人を愛すること、人を思う優しさ、愛の深さを感じさせてくれる珠玉の名曲「はじまりはいつも雨」。個人的にも、雨女も悪くないなと初めて自分を肯定できた素晴らしくて、特別な一曲である。

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