日本のベンチャー生態系にESGを組み入れる ーーキャシー松井氏らESG重視型ベンチャーキャピタル設立

社名「MPower Partners」の「M」は3人の旧姓にちなんだもので、起業家を「エンパワーする」という意味が込められている

今や世界のビジネスで、ESG関連の非財務情報が企業価値を測る上での重要な物差しであるのは間違いない。日本でも近年、大企業を中心に多くがその重要性を認識し、経営の核に据える動きが出ているが、ここに来るまでには長い道のりがあった。この間、外資系金融機関などでキャリアを積む中で、ESGの研究と促進に注力してきたキャシー松井氏らがこのほどキャピタルファンドを開設し、日本のベンチャー支援に乗り出した。ミッションは「日本のベンチャー生態系にESGを組み入れる」。ESGを戦略に社会的課題をテクノロジーの力で解決しようとするスタートアップ企業に投資を行い、世界にインパクトを与える企業へと成長を促すのが狙いだ。(廣末智子)

日本初のESG重視型ベンチャーキャピタルファンド「MPower Partners」(東京・港)。いずれも外資系証券会社で20年〜30年にわたって投資の戦略を立てる専門家であるストラジストとして活躍した経歴を持つキャシー松井氏と村上由美子氏、関美和氏の3人が揃ってゼネラル・パートナーとなり、5月31日に創業したばかりの会社だ。

松井氏は昨年末に退職したゴールドマン・サックス証券で副会長兼チーフ日本株ストラテジストを務め、1999年に提唱した「ウーマノミクス(女性と経済)」の概念が世界に浸透したことによって、日本政府が女性活躍推進を経済戦略に位置付けることに貢献したことでも知られる人物。村上氏は同じくゴールドマン社で約20年勤めた後、OECDの東京センター所長を務め、内閣府や経産省、外務省などの審議会委員も歴任している。関氏はモルガン・スタンレー投資銀行部門を経てクレイ・フィンレイ投資顧問の東京支店長を務め、『ゼロ・トゥ・ワン──君はゼロから何を生み出せるか』『ファクトフルネス』などの翻訳家でもある。

3人が、グローバル金融の中でも特にマクロ経済やミクロな企業分析、資産運用と投資調査、さらに資本政策の立案と実行にかけた年数は「合わせて70年を超える」という。共通するのは、合わせて70年を超える金融業界での仕事を通じ、コーポレートガバナンス、ダイバーシティ、そしてサステナビリティを含むESG関連分野の専門知識を有していることであり、それ故に新会社を「日本のベンチャー生態系にESGを組み入れることのできるユニークなVC」と位置付けた。

同社のHPには、米国では2016年から2020年にかけて、サステナブル株式投資信託の77%が全株式ファンドのパフォーマンスの上位半分に位置し、40%は上位4分の1にランクインするなど、サステナブルファイナンスを巡る動きはこの5年間で一段と活発化していること、さらにESG性向が高い企業ほど、資本コストは低減し、収益性が向上することが明らかになっていることから、「スタートアップ投資にもESGを取り入れることでリターンが高まると考えられる」ことなどが説明されている。

投資チームには3氏のほか、マネージング・ディレクターとして、モルガン・スタンレーおよびUBS証券の投資銀行部門でM&Aやグローバルオファリング・IPO業務などに従事した経験のある鈴木絵里子氏が、またオペレーティング・パートナーとして、ゴールドマン・サックスで日本株式セールス、国際株式営業を担当した後、本社コンプライアンス部のCOOを務め、ゴールドマンを引退後は全米最大級の女性取締役コミュニティーを創設し、女性管理職の育成に尽力しているリサ・シャレット氏が加わり、より強力な布陣でESGを最重視した投資先の選定やリスク評価などに当たる。

同社によると、ヘルスケアやウェルネス、フィンテック、次世代の働き方や教育、消費、そして環境とサステナビリティを重点投資分野と捉え、成長ステージにある日本のスタートアップ企業に総額1億5000万ドル(約165億円)の投資を行う(一部は海外のアーリーステージのスタートアップ企業にも投資)方針。こうしたミッションを支持し、投資に参画する「リミテッド・パートナー」にはSOMPOホールディングスや第一生命保険、三井住友トラスト・ホールディングスなどが名を連ねるほか、国内外の投資家も含まれるという。

MPower Partners社はHPで、「コロナウイルスによるパンデミックの世界的流行を転機に、世界は株主至上主義からステークホルダー至上主義へと急速に移行しつつあり、ベンチャー投資においてもこの流れは例外ではない」として、急速に進化し続けるマテリアリティ(重要課題)に対応するためにもESGを注視し、深くコミットすることの必要性を訴えている。

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