チャーリー・ダニエルズ・バンドの5thアルバム『ハイ・ロンサム』はツインリードギターが炸裂する王道のサザンロック作品

『High Lonesome』(’76)/Charlie Daniels Band

サザンロックが好きな人でも、意外にこのアルバムを聴いていない人が多いのではないだろうか。チャーリー・ダニエルズがカントリーのアーティストだと捉えている人が多いというのがその大きな要因だろう。今回取り上げる彼らの5thアルバムとなる『ハイ・ロンサム』は、本家オールマン・ブラザーズ・バンドにも引けを取らない重厚なサザンロック作品に仕上がっており、ツインリードギターとツインドラムのコンビネーションはまさしく王道のサザンロックサウンドだ。本作にレイドバック感覚はあまり感じられず、オールマン・ブラザーズ初期のようなテンションの高いサウンドが展開されている。

チャーリー・ダニエルズ というアーティスト

ダニエルズは昨年惜しくも83歳でこの世を去ったが、これまでにセッション活動をはじめ、50枚以上のアルバム(ベスト盤を含む)をリリースしており、長い間アメリカのポピュラー音楽界に貢献したアーティストのひとりである。

1936年、南部ノース・キャロライナ生まれの彼は、幼少期からカントリーやR&B;に魅せられ、15歳でミスティ・マウンテン・ボーイズというブルーグラスのグループに参加したのを皮切りに59年にはポップロック・グループのジャガーズに参加、数枚のシングルをリリースしている。64年には彼の書いた曲がエルヴィス・プレスリーに取り上げられることもあったが、67年にジャガーズは解散、ダニエルズは自らの楽器演奏(ギター、フィドルなど)の高い能力を生かしたスタジオミュージシャンになるため、カントリー音楽のメッカとして知られるテネシー州ナッシュビルに移り住む。そこで、優れたスタジオミュージシャン・チームのエリアコード615の面々と行動を共にして、68年には彼がリスペクトするフラット&スクラッグスの『ナッシュビル・エアプレイン』やアル・クーパーの『アイ・スタンド・アローン』に参加、翌年以降もレナード・コーエン『ひとり、部屋に歌う(原題:Songs From A Room)』、ボブ・ディランの『ナッシュビル・スカイライン』『新しい夜明け』などの話題作に参加、ロック界とカントリー界の両方でその名を知られるようになる。

同時にプロデューサーとしての活動もスタート、ジェシ・コリン・ヤング率いる人気ロックグループのヤングブラッズ『エレファント・マウンテン』(’69)、ロイ・ブキャナンのポリドールからの幻のデビューアルバム(2004年に『ザ・プロフェット』のタイトルでリリースされた)、ウディ・ガスリーの意志を継ぐフォーク歌手ジャック・エリオットの『ブル・ダラム・サックス・アンド・レイルロード・トラックス』(’70)など、プロデュース手腕を発揮して数々の傑作を送り出している。

ダニエルズの強みは、カントリー、ロック、フォークなどジャンルを問わずプレイ(あるいはプロデュース)できるところで、それは彼のアメリカンルーツ系の音楽(今でいうアメリカーナ)への深い造詣を表していると言える。また、だからこそアル・クーパーやディランといった才能あるアーティストたちが、ダニエルズをバックで起用し続けたのである。

オールマン・ブラザーズからの影響

70年、彼のセッション活動やプロデュース力が認められ、アーティストとしてキャピトルレコードと契約し、初のソロ作品『チャーリー・ダニエルズ』(’71)をリリース、この時点でカントリーでもロックでもない“カントリーソウル”的な南部サウンド(要するにアメリカーナ)を生み出したのだが、一見中途半端に取られがちなこの古くて新しい音楽は、当時はロックファンからもカントリーファンからも注目されなかった。しかし、彼の枯れたヴォーカルと巧みなギターワークが広く認められることになった。

彼の転機は、おそらくオールマン・ブラザーズの『イート・ア・ピーチ』(’72)のリリースあたりではないかと思う。『イート・ア・ピーチ』は、ブルース(デュアン・オールマン)とカントリー(ディッキー・ベッツ)をミックスしたようなサウンドが特徴で、この頃からサザンロックのグループが雨後の筍のように登場し、カントリー寄りのマーシャル・タッカー・バンド、ブルース寄りのウェット・ウィリーなど、サザンロックにバリエーションが表れはじめたのである。

ダニエルズはソロ活動の傍らマーシャル・タッカー・バンドのフィドル&ギター奏者としても参加、また3rdソロアルバムの『ハニー・イン・ザ・ロック』(’73)所収の「アンイージー・ライダー」が全米9位になるなど、精力的な活動で成功を収めていたのだが、オールマン・ブラザーズに憧れていた彼は、ツインギターとツインドラムを擁したサザンロックのグループ、チャーリー・ダニエルズ・バンドを結成する。

チャーリー・ダニエルズ・バンド

74年にグループ名義として初の『ウェイ・ダウン・ヤンダー』(’74)をリリースし、ハードなツインリードとツインドラムをメインに、オールマンそっくりのサウンド(ダニエルズはスライドギターも巧い)にダニエルズのカントリーソウルを加味したサウンドを披露する。ただ、この時点ではドラマーとベーシストが流動的で、グループのまとまりに欠けていたのも事実である。余談であるが、74年にダニエルズはライフワークのひとつであるボランティア・ジャムをスタートさせていて、45年間にも及ぶ全米屈指のイベントとなった。

ダニエルズ(Gu)、トム・クレイン(Gu)、チャーリー・ヘイワード(Ba)、ジョエル・ディグレゴリオ(Key)、ドン・マレー(Dr)、フレッド・エドワーズ(Dr)の6人組としてパーマネントメンバーが揃うのはグループの4作目『サドル・トランプ』(’76)からとなる。このアルバムではこれまでよりリズムがタイトになり、ウェスタン・スウィングにもチャレンジするなど、各種ルーツ音楽をごった煮にしたそのサウンドは、チャーリー・ダニエルズ・バンドならではの雑食性が滲み出たスタイルとなっている。また、このアルバムからエピックレコードに移籍していて、以降エピックとは15年間あまりの付き合いとなる。

本作『ハイ・ロンサム』について

そして、『サドル・トランプ』と同じ76年にリリースされたのが本作『ハイ・ロンサム』である。カントリー寄りの前作と比べ、本作はツインリードギターに重点を置いたサザンロックの王道とも呼べる作品に仕上がっている。収録曲は全部で9曲。オールマンすら超えたのではないかと思わせるような1曲目の「ビリー・ザ・キッド」は、これまでの彼らとは違う重低音のサウンドに驚くばかりだが、ツインギターのよく練られたリフをはじめダニエルズとクレインのギターソロは完璧に近い仕上がりをみせる。

続く「キャロライナ」はディグレゴリオのチャック・リーヴェルばりのピアノが素晴らしい。ダニエルズのバンジョーもいいアクセントになっている。タイトルトラックの「ハイ・ロンサム」はボズ・スキャッグス版の「ローン・ミー・ア・ダイム」(アトランティックの『ボズ・スキャッグス』所収。デュアン・オールマンの最高のギタープレイが聴ける)を下敷きにしたナンバーで、途中インスト部分はオールマンの「エリザベス・リードの追憶」的な展開をみせる。ダニエルズのスライドはデュアン・オールマンみたいで実に巧い。

本作で一番カントリーっぽい「テネシー」は、オールマンというよりはマーシャル・タッカー・バンド風で、そのマーシャル・タッカーのトイ・コールドウェルがペダルスティールでゲスト参加。ダニエルズはフィドルも弾いている。

上記、本作の内容をかいつまんで紹介したが、チャーリー・ダニエルズ・バンドは本作以降も快調に飛ばし、79年の10thアルバム『ミリオン・マイル・リフレクションズ』が全米5位(カントリーチャートでは1位)となり、シングルカットされた「悪魔はジョージアへ(原題:The Charlie Daniels Band)」は全米3位(カントリーチャートでは1位)となった。このあたりから、ダニエルズはグループをカントリーへとシフトしていき、90年代初頭ぐらいまでコンサートの動員数は全米でもトップクラスという大成功を収めることになるのだが、僕は、サザンロックとがっぷり四つに組んだ本作『ハイ・ロンサム』こそ、ダニエルズの最高傑作だと考えている。

TEXT:河崎直人

アルバム『High Lonesome』

1976年発表作品

<収録曲>
1. Billy the Kid
2. Carolina
3. High Lonesome
4. Running With the Crowd
5. Right Now Tennessee Blues
6. Roll Mississippi
7. Slow Song
8. Tennessee
9. Turned My Head Around

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