乗り切れるか コロナ禍の出水期 Wの危機、現場の悲鳴

 全国的に新型コロナウイルスがまん延する中、西日本各地は記録的な早さで梅雨入りした。これから先、台風シーズンが終わる秋までは豪雨などの災害リスクが高まる「出水期」だ。ワクチン接種が本格的に始まったばかりの日本列島では、コロナと災害、二つの危機に同時に見舞われる事態が現実味を帯びる。感染症対策の長期化で疲弊した自治体や医療機関は、この難局を乗り切れるのか。課題を探った。(共同通信=吉田啓生、中村岳史、山本大樹)

昨年7月、豪雨に見舞われた熊本県人吉市で片付けをする人たち=2020年7月

 ▽大雨続き、高まる警戒感

 気象庁によると、今年の梅雨入りは九州南部が5月11日、九州北部と中四国が同15日、近畿と東海は16日ごろだった。いずれも平年より約3週間早く、四国と近畿は統計を開始した1951年以降で最も早かった。

 梅雨入り早々、各地では大雨になった。熊本県山都町では17日、観測史上最大となる3時間で202・5ミリの雨を観測。20日には九州や中国、四国の広い範囲で大雨警報が発令され、自治体の避難指示も相次いだ。6月に 入っても各地で激しい雨が降っている。

2018年の西日本豪雨で屋根近くまで冠水した住宅=2018年7月、岡山県倉敷市真備町

 近年は出水期に大規模な被害が相次ぐ。18年7月の西日本豪雨では岡山、広島、愛媛の3県を中心に300人近くが死亡。19年10月の台風19号では東日本で100人以上が犠牲になった。新型コロナの感染拡大期とは重ならなかったものの、昨年7月には長引く梅雨のため熊本県などで河川が氾濫、多数の死者が出た。今年は梅雨入りが早まった分、出水期が長引く可能性もある。気象庁の担当者は5月25日の会見で「梅雨はこれからが本番。今後も大雨のリスクは高い状況が続く」と警戒を呼び掛けた。

 ▽「インド株」の脅威

 新型コロナの感染状況に目を移せば、全国各地が「第4波」のまっただ中だ。緊急事態宣言や、それに次ぐまん延防止等重点措置が発令されている自治体は7日時点で18都道府県に上り、どこも医療体制の逼迫(ひっぱく)が 続く。

インタビューに応じる京都大の西浦博教授=2020年11月

 追い打ちを掛けるように、インドで感染爆発を招いた新たな変異株が各地で確認され始めた。この変異株の感染力は現在広まっている種類の1・5倍というデータもある。「8割おじさん」で知られる京都大の西浦博教授は「今後、国内でも流行拡大を起こす可能性が高い。感染性や重症度などの特性を明らかにすることが極めて重要だ」と警鐘を鳴らす。

 予断を許さない感染状況に、万が一、大規模災害が重なったらどうなるのか。ただでさえコロナ対応で手いっぱいの医療機関に、災害で負傷した大勢の患者を受け入れる余裕はない。医療機関自体が被災して機能不全に陥る可能性もある。災害医療マネジメントが専門の中尾博之岡山大教授は「一時的に医療の需給バランスが大きく崩れ、患者さんに優先順位を付けざるを得なくなる。本来なら入院すべき方でも、待機してもらうケースが出てくるだろう」と話す。

オンライン取材に応じる岡山大の中尾博之教授=5月27日

 通常であれば、被災地の患者を他の地域で受け入れる「広域搬送」も選択肢になるが「今は全国各地に感染が広まっており、被災地の患者をよそで受け入れてもらうのは難しい」

 どこもかしこも余裕がない、まさに危機的な状況で重要になるのが「医療の再配分」だ。中尾教授は「各都道府県内の医療機関を全体で一つの大きな病院と捉え、集中治療が得意なところには重症者、それ以外には軽症者と患者を割り振っていく。医療従事者の負担を軽減するため、データを基に治療や入院の必要性をすぐ判断できるようなシステムも必要になる」と説明する。

 ▽自宅療養者、どう把握?

 行政の対応も課題が山積みだ。政府は5月25日に災害時の対応方針をまとめた「防災基本計画」を改定し、新型コロナ対策の強化を盛り込んだばかりだ。菅義偉首相は同日の中央防災会議で「昨今の災害の激甚化を踏まえ、万全の態勢で臨んでほしい」と発破を掛けたが、自治体からは「無理難題が多い」「すぐに対応する余裕はない」と悲鳴が上がる。

 自宅療養者への対応を例に取ると、基本計画では、患者が危険なエリアに住んでいる場合は自治体が事前に避難先を調整し、本人や家族に伝えておくことと定めている。だが大阪府の担当者は「症状が回復し、健康観察の期間を過ぎた人は療養者とは見なされなくなり、反対に容体が急変して入院する人もいる。避難先の調整が必要な対象者は毎日ころころ変わるのに、どうやって把握し続ければ良いのか」と頭を抱える。

大阪市に開設されたワクチンの大規模接種センター=5月24日

 多くの人が身を寄せる避難所の運営はさらに難しい。3密(密閉、密集、密接)を回避するには、開設する避難所の数を増やすしかないが、目下、ワクチンの集団接種会場となっている施設も多く、新たな場所を確保するのは困難だ。感染を避けるため、避難所に入らずマイカーなどで過ごす被災者も増える可能性がある。車中泊を繰り返すと、血流が悪くなり血の固まりが肺に詰まる「エコノミークラス症候群」の発症リスクが高まる。過去の災害では死亡事例も確認されており、熊本地震で被災者の救護にあたった藤田医科大(愛知県)の細川浩助教は「たった一晩でも命に関わることがある」と強く警告する。

 ▽支援のプロも活動に制約

 感染症対策を指導する人材の確保も急務だ。日本環境感染学会には、医師や看護師らで構成する「災害時感染制御支援チーム(DICT)」があり、被災自治体などから要請があれば近隣地域の隊員を派遣する仕組みになっている。被災地の保健行政をサポートし、避難所の感染リスクを調査したり、対策を指導したりするのが役割だ。DICTのメンバーは昨年、集団感染が発生したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の船内でも対策を指導した。 

横浜港に停泊するクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」=2020年2月

 ただ、厚生労働省や都道府県が設置主体となる「災害派遣医療チーム(DMAT)」と違い、DICTはあくまで学会の内部組織。正式に発足したのは2018年で、まだまだ認知度は低い。長年、学会でDICTの創設を主導してきた櫻井滋医師(元岩手医科大教授)は「資金や装備も不十分な中で活動を続けている。もっと機動的に動けるよう、公的な体制整備が不可欠だ」と訴えている。

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