「死刑廃止」バイデン大統領は実現できるか 選挙公約、日本にも影響必至

米中西部インディアナ州で、連邦政府による死刑執行に反対する人たち=1月12日(ロイター=共同)

 米国でバイデン政権が発足し、4カ月以上が過ぎた。新型コロナウイルスへの対策や中東政策などでトランプ前政権とのカラーの違いを次々と打ち出しているが、その一つに死刑をめぐる問題があることは日本ではあまり知られていない。

 バイデン大統領は、選挙での公約として連邦政府レベルでの死刑廃止を掲げた初めての大統領であり、その公約を実現できるかに注目が集まっているのだ。

 死刑廃止が国際的な潮流となる中、先進国主体の経済協力開発機構(OECD)加盟国(37カ国)で通常犯罪に対する死刑執行を続けているのは米国(州によっては廃止)と日本だけとなっており、実現すれば日本に与える影響も避けられない。(共同通信=佐藤大介)

 ▽連邦政府と州政府

 バイデン氏は、昨年の大統領選に向けて発表した公約の中で「連邦レベルでの死刑を廃止する法案を成立させ、各州がこれに従うよう働き掛ける」と明記した。死刑囚には仮釈放のない終身刑を適用するとしている。検事出身のカマラ・ハリス副大統領も、検事時代から死刑には反対の立場を貫いてきた。

就任式で演説するバイデン米大統領=1月、ワシントンの連邦議会議事堂(ゲッティ=共同)

 ここで整理しておきたいのは、死刑制度に関する連邦政府と州政府の関係だ。米国では連邦政府の連邦法で死刑が規定されている一方、州政府はそれぞれ主権を持ち、州法を制定できるので、州によって死刑の存廃は分かれている。

 米国の50州のうち27州に死刑制度があり、23州では死刑が廃止されている。日本に当てはめると、国会で決めた法律には死刑制度があるが、都道府県でそれぞれ、死刑のあるなしを別の法律で決められる、といった格好だ。米国政府は、連邦政府と州政府の関係について以下のように説明している。

 「州政府は連邦政府の下部単位ではない。各州は主権を有し、憲法上、連邦政府のいかなる監督下にも置かれていない。ただし、合衆国憲法や連邦法と州の憲法や法律が矛盾する場合には、合衆国憲法や連邦法が優先する」(アメリカンセンターのホームページより)

 このことからも、米国が各州に高度な権限を与えていることがわかるだろう。死刑という公権力が合法的に生命を奪う行為に対しても、各州の判断に任されるというのは、日本に暮らす人にとっては驚きかもしれない。バイデン氏は選挙公約で、連邦政府の法律に基づく死刑は廃止し、各州もそれに従うように努力すると表明したのだった。

 ▽大量執行で批判高まる

 連邦レベルでの死刑執行は20年近く行われていなかったが、この流れを大きく変えたのがトランプ氏だった。トランプ氏は昨年7月、連邦政府として2003年以来となる死刑執行を再開。昨年だけで10人、政権交代直前の今年1月にも3人と立て続けに執行した。連邦政府が年10人以上執行するのは過去約120年で初めてのことだ。

米中西部インディアナ州で、連邦政府による死刑執行に抗議する人たち=2020年7月17日(AP=共同)

 死刑廃止を掲げて大統領選に臨んでいたバイデン氏を意識していたことは間違いなく、犯罪に厳しい姿勢を示して保守層にアピールする狙いがあったともみられている。だが、駆け込み的な執行は議論を呼んだ。

 バイデン氏は1月の大統領就任後、新型コロナウイルス対策を最優先課題としており、政権発足から4カ月が過ぎても、死刑廃止への具体的な道筋は見えていない。

 しかし、公約の実現が難しくなったとみるのは時期尚早だ。サキ大統領報道官は3月22日、ホワイトハウスでの記者会見で「(バイデン氏は)死刑について、正義と公正の価値観から深刻な懸念を抱いている」と述べている。

 ガーランド司法長官も、2月22日の上院公聴会で死刑の執行停止を支持する考えを示しており、政権内部での死刑廃止に向けた動きは少しずつ進んでいるとみるのが実際のところだろう。

 一連の動きについて、米カリフォルニア州で死刑廃止運動を行う非政府組織(NGO)「デス・ペナルティー・フォーカス」の事務局員、大谷洋子さんは「冤罪(えんざい)など死刑を巡る問題が広く知られるようになり、議員が死刑廃止を言いやすくなった」と指摘している。

 バイデン氏は、死刑を廃止する理由として冤罪を挙げている。冤罪を生み出す要因には黒人差別などの社会問題があるとされ、そうしたことが死刑に対する懐疑的な見方の広がりにつながったと考えられる。

 また、トランプ前政権末期の大量執行は、皮肉にも死刑に批判的な世論を高めることにもなった。大谷さんによると、死刑廃止運動を行っている別の団体には大量執行の後、サポーターの申し込みをする人が急増し、サポーター数が2万人から80万人以上になったという。そうした世論の支えもあり、大谷さんは「バイデン政権下で連邦レベルでの死刑は行われないだろう」と話す。

 ▽7割以上が「廃止」

 一方、州レベルでは執行が続いている。全米では23州が死刑を廃止しているが、過去10年間執行していない州を含めると36州になる。

 「10年間執行していない」というのは、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルが「事実上の死刑廃止国」と区分けする際の基準だ。その基準に照らすと、米国の州の7割以上が「死刑廃止」をしていることになる。

米国の死刑執行と死刑判決の推移

 だが、調査団体「死刑情報センター」によると、昨年は5州が執行をしている。今年5月19日にも、テキサス州で薬物注射による執行が行われた。CNNテレビは「州での死刑は州知事と州議会に委ねられており、大統領にできることはあまりない」との専門家の見方を伝えている。

 死刑制度に詳しいハワイ大のデイビッド・ジョンソン教授(法社会学)は「連邦レベルでの死刑執行はないだろうが、民主党がかろうじて議会で多数を占めている状況では、死刑廃止は困難ではないか」としたうえで、「仮に連邦レベルで死刑が廃止されれば、各州にも影響を及ぼすことになるだろう。だが(死刑執行を続ける)保守的な南部の州では反発も予想される」との見方を示している。

 ▽米国全体の潮流

 米国では死刑が1972年にいったん停止されたが、76年の連邦最高裁判決で復活し、現在に至っている。「死刑情報センター」のまとめによると、76年の復活以降、今年3月までに1532人の死刑囚に刑が執行されている。このうち1250人が南部の州に集中し、テキサス州は570人に上る。現在、執行方法は薬物注射が大半で、一部の州では電気椅子も用いられる。

米南部バージニア州の刑務所で、死刑廃止法案の署名前に電気椅子を視察するノーサム知事(左)=2021年3月24日(AP=共同)

 だが、死刑執行数は年々減少傾向にある。年別では99年の98人が最も多かったが、2015年以降は20人台で推移し、20年は17人だった。死刑判決も1996年の315件から、2020年は18件にまで減っている。

 各州でも死刑廃止の向けた動きが出ている。今年3月にはバージニア州が南部の州として初めて死刑を廃止した。バージニア州はこれまで113人を執行しており、テキサス州に次ぐ多さだった。「死刑情報センター」のロバート・ダナム事務局長は「バージニア州の死刑廃止は、米国全体での潮流を示している」と指摘している。

 こうした背景には相次ぐ冤罪がある。「死刑情報センター」の資料では、1973年以降で無実が証明され釈放された死刑囚は185人に上り、ずさんな捜査や裁判が浮き彫りになった。被告が有色人種の場合や、被害者が白人の場合に死刑判決が出やすいとの批判も根強い。死刑廃止法案に署名したバージニア州のノーサム知事(民主党)は「死刑の廃止は道徳的に正しい」と述べている。

 こうした米国での動きに対し、日本の現状はどうなっているのだろうか。

 日本には昨年末現在で110人の確定死刑囚がいる。昨年は2011年以来9年ぶりに執行がなかったが、18年にはオウム真理教元幹部ら13人を含む15人に執行。19年も3人が執行されており、政府内で死刑制度を見直す動きはない。

 死刑に関する運用も日米で大きく異なる。米国では執行の予定が明らかにされ、州の多くで被害者遺族や死刑囚の家族、ジャーナリストの立ち会いが認められている。執行直前の死刑囚の言葉などは、州司法当局のホームページに公開されている。

 一方、日本では執行予定などは一切公開されず、本人に知らされるのは当日朝。確定死刑囚は面会や手紙のやりとりも厳しく制限される。執行を巡る経過も明かされず「密行主義」と批判されている。

 日弁連の死刑制度改革実現本部の本部長代理、加毛修(かも・おさむ)弁護士は「米国が死刑廃止の動きを見せれば、日本への影響は極めて大きい」と話している。

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの報告書では、死刑を廃止した国・地域は昨年末で144に上り、日本や米国など存置の55を大きく上回っている。

 ▽議論避ける日本の政治家

 米国で進む死刑を見直す動きについて、平岡秀夫元法相は次のように話している。平岡元法相が在任した2011年9月から12年1月の間に死刑執行はされていない。

米国が死刑を廃止した場合の日本への影響について話す平岡秀夫元法相

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 バイデン米政権が死刑廃止に動きだせば、日本が死刑制度を続けていく上での「隠れる陰」がなくなることになる。これまでは、世界の民主主義を代表する米国が死刑を維持していることを理由に、日本は内外からの死刑への批判をかわすことができた。しかし、米国が連邦レベルで死刑を廃止すれば、そうはいかなくなるだろう。

 法務省の官僚は、多くが死刑廃止という世界の流れは理解しており、存置に固執している人は多くないと思う。問題は、政治家が世論を気にして議論を避けていることだ。また、国民の間には死刑に賛成の意見が多いとされているが、政府は死刑に関する情報提供を極端に制限しており、これでは公正な判断を下すことは難しい。

 バイデン大統領が、人権問題をより前に進めていこうとしているのは明らかだ。日本も、そうした動きに呼応して、死刑制度を正面から議論する時期に来ている。

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