「作者の服装がダサいから…」 表現の現場に横行する業界特有のハラスメント

 写真や映像、映画や美術から、文芸、報道、演劇、漫画、さらにはデザイン、建築、ゲーム、ダンス、古典芸能―。私たちが日々楽しんだり味わったりする表現や作品が、実はひどい環境や人間関係の中で生まれている実態を明らかにした調査結果が公表された。セクハラやパワハラだけではない、「テクスチュアルハラスメント」「レクチャリングハラスメント」などと呼ばれるこの世界特有のものも。抑圧や搾取の中で生まれる表現を、「文化」の名の下に許容するのだろうか。(共同通信=前山千尋)

表現の現場でのハラスメントの調査結果をまとめ、記者会見するホンマエリさん(右端)と笠原恵実子さん(右から2人目)=3月、厚労省

 ▽このままでいいのか

 調査は、美術のアーティストら11人の「表現の現場調査団」が昨年12月~今年1月にインターネットで実施。過去10年のハラスメント被害の有無について、創作などに関わる1449人の回答を得て分析し、150ページを超える報告書をまとめた。
 衝撃的だったのは、回答者の約8割に当たる1195人が何らかのハラスメントを経験していたことだ。本来、表現の世界は自由な発想こそが大切にされるはずだが、実際には古い慣習や意識がはびこり、閉鎖的な環境や強固な上下関係、ジェンダーの偏りなど、表現の世界特有の構造的な問題が浮かび上がった。
 表現活動の現場でのハラスメントに関する調査は珍しい。調査団メンバーでアートユニット「キュンチョメ」のホンマエリさんはネット番組で、近しい人がハラスメントに遭ったことが調査に携わるきっかけになったと語った。
 「その状況を見て、本当にこのままでいいのか、文化がこのまま何事もなく進んでいくとしたら、その文化って一体何なのかと思った。いいかげんに変えないといけない、というのが今だった」

 ▽隠されてきた声

 フォトジャーナリストによる性暴力や、映画館運営会社の社長から従業員へのパワハラなど、創作や表現活動の現場では、これまでもさまざまなハラスメントが明らかになり、訴訟になるケースもあった。しかし報告書に目を通すと、それらは氷山の一角にすぎなかったと分かる。
 調査票には自由記述欄があり、幅広い現場から悲痛な声が寄せられた。
 「公募展で受賞し展示をすることになったが、キュレーターに作品プランを出したところ『インパクトが足りないので、裸でパフォーマンスしなよ』と何度も勧められた。その後、別のプランを出しても裸になることを勧められ、精神的苦痛を感じて展示を辞退した」(20代女性、アーティスト)
 「女性スタッフだということで、総会の際に会議の途中で懇親会の飲食の準備をさせられ、会議に最後まで出席できなかった」(50代女性、グラフィックデザイナー)
 「編集者から『作品がつまらないのは作者の人格や人生がつまらないからだ』『作者の服装がダサいから作品もダサい』と言われた」(30代男性、漫画家)
 「3カ月以上拘束されたのに給与が支払われなかった。人格まで否定するような言葉や怒鳴られるようなこともあった」(30代男性、映像関係者)
 調査団の記者会見に出席したホンマさんは「表現者は既存の価値観を疑い、更新してきたはずなのに。横行するハラスメントが隠され続けてきた」と訴えた。

創作の現場でのハラスメント例

 ▽特有のハラスメント

 報告書は、さまざまなハラスメント被害を類型化して紹介している。表現の世界に特有の行為として挙げられたのが「テクスチュアルハラスメント」と「レクチャリングハラスメント」だ。テクスチュアルハラスメントとは、作品や作者に対する論評時の嫌がらせ行為のこと。「表現が女性的すぎる」、あるいは「女性だから高い評価を受けている」など、「批評」の名の下で行われるジェンダーハラスメントが、あらゆる分野で見られたという。
 一方、レクチャリングハラスメントは新しい造語で、指導(レクチャー)の名を借りたハラスメントのこと。大学の講義や部活動、サークル活動、演技指導、個別レッスンなどの場面で、指導を装ったハラスメントも広く見られた。
 調査に協力した評論家の荻上チキさんは報告書で、ティーチングやコーチングのテクニックが曖昧なままで指導が行われることが多いほか、評価が抽象的なため指導時のコミュニケーションが一方的になりやすいと指摘する。「多くの回答が語りかけてくるのは、暴力的なコミュニケーションのまん延が、多くのクリエーターたちのモチベーションを奪い、生産性や創造性を奪い、表現の現場から退場させてきたという事実であった」と批判した。

表現の現場でのハラスメントの調査結果をまとめ、記者会見する荻上チキさん(左端)ら=3月、厚労省

 ▽ジェンダー不均衡

 調査では、女性は男性の2~4倍のジェンダーハラスメントを受けていることも分かった。背景の一因としてうかがわれるのが、表現の現場全体を覆うジェンダーの不均衡だ。意思決定や指導の権限を、男性が圧倒的に独占してきたからだ。
 これに加え、表現を仕事とする人たちの職業的な立場の弱さも際立つ。回答者の半数以上が、フリーランスや非正規雇用だった。
 日本労働弁護団常任幹事の笠置裕亮弁護士は調査結果について「弁護士としても想像を超えるような悪質な被害がにじみ出ている」と言う。その上で「ある意味で『おまえの人生は俺が握っている』というような究極的な上下関係と、ジェンダーのいびつさが相まって被害を生んでいる。性差別的な格差の是正が急務だ」と強調した。
 調査団は今後5年間、継続して活動することを明らかにしており、2021年度中に表現を巡るジェンダーバランスについての実態調査も行う。調査団のメンバーでアーティストの笠原恵実子さんは「ハラスメントの実態を可視化して共有し、仕方ないと諦めてきた被害者の現状を何とかしていきたい」と話す。
 今回の調査を機に、身の回りにある表現そのものだけではなく、それらが生まれる“環境”にも目を向けたい。

『表現の現場調査団』の報告書の冒頭に掲げられた文章

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