親が認知症になった時に心強い制度「家族信託」ってどんなもの?

親が認知症になった時に困るのが、銀行口座の凍結により生活費が引き出せなくなったり、不動産売買ができなくなってしまうことなどです。そんな法律の落とし穴に備えるために今注目されているのが、「家族信託」です。どんな制度なのでしょうか? 相続の専門家集団「アクセス相続センター」の税理士が解説します。


佐藤祐介さん(仮名:46歳)は父の明夫さん(仮名:86歳)が認知症になった時のことを心配しています。

母の幸子さん(仮名:82歳)は認知症で4年前からグループホームに入居しているため、明夫さんは実家で一人暮らしをしています。明夫さんは半年ほど前、脳梗塞で倒れたことがありました。その際は祐介さんがすぐに駆けつけることができたため大事には至りませんでしたが、それ以来、明夫さんは体に少し麻痺が残るとともに、物忘れがひどくなったようです。もし、また脳梗塞で倒れた時は、命にかかわるかもしれません。

施設に入るには実家を売らなくてはならないが…

祐介さんは、妻と大学受験を控えた長男とともに近所に住んでいますが、前回のようにすぐに駆けつけることができるとは限りません。そのため祐介さんは、明夫さんがまた倒れた時のことを心配し、いずれかの施設に入居したほうがよいのではと思っています。しかし、明夫さんは年金暮らしであまり貯蓄もなく、幸子さんのグループホーム代を払うと自分が施設に入るほどのお金が残りません。

祐介さんも子どもの教育にお金がかかる時期です。明夫さんの施設代を支払うほど家計に余裕はありません。現実的に考えて、明夫さんの施設代を工面するためには実家を売却するしかありません。

しかし、明夫さん本人は、できる限り住み慣れた実家で暮らしたいと思っているようです。祐介さんも明夫さんの願いを叶えてやりたいとは思っていますが、一人暮らしの間にまた倒れてしまったらと思うと心配でなりません。さらに、もしこのまま明夫さんが認知症になり、判断能力がなくなった場合は実家を売却することができなくなることがわかりました。

年老いた父に、少しでも長く実家に住ませてあげたいと思う反面、認知症になってから施設に入居しようとしても実家の売却ができないことになります。そうなればそもそも施設代が捻出できません。

祐介さんはどうしてよいか分からず、悶々とした日々を過ごしています。
このようなときに、何か良い手立てはあるのでしょうか?

親が認知症になった時、どんな問題が起こるのか?

高齢化の進展により、祐介さんのようなお悩みを持つ方が増えています。認知症患者の数は年々増加傾向にあり、統計によると2025年には約700万人になるといわれています。65歳以上の約5人に1人が認知症になる計算です。

そもそも、親が認知症になった場合、何が問題なのでしょうか?

まず日常生活で困るのが、親の預金が引き出せなくなることです。特に定期預金の場合、本人の意思確認ができなければ解約することができません。本人が認知症であることが分かった段階で銀行が預金口座を凍結するため、使えないお金になってしまいます。

不動産についても同様で、本人の意思確認ができなければ売買ができず、売るに売れない塩漬けの不動産になってしまいます。

このように、親が認知症になった場合の一番の問題は、親の判断能力が低下することにより、いわゆる「法律行為」ができなくなる点です。預金の引き出しも不動産の売買も「法律行為」に当たるのです。

親が認知症になった場合に備えるにはどんな方法がある?

では、親が認知症になった場合に備える方法としてどのようなものがあるのでしょうか。
近年、テレビや雑誌などでも多く取り上げられ、注目を浴びているのが「家族信託」という制度です。比較的新しい制度ですので、耳慣れない方もいらっしゃるかも知れません。
では、「家族信託」とはどのような制度なのでしょうか。

例えば実家で一人暮らしをしている父が認知症になったため、施設に入居したとしましょう。父は既に認知症になっているため、法律行為ができません。預金がおろせない、実家の売却もできないことになります。

お金が不足する場合は、子が父の施設代や生活費を立て替えることになるでしょう。では、いったいどれくらいの費用がかかるものなのでしょうか。

あくまでも一例ですが、施設代が月額20万円×12カ月=240万円だとすると、10年間で2,400万円を立て替えることになります。その他に生活費もかかるでしょう。実家を売却しなければ回収できないぐらいの金額です。その実家も、認知症になってしまっている場合、父が亡くなった後でなければ売却することができません。

「家族信託」の仕組みとは?

このような認知症による資産凍結リスクを回避するために、例えば父と子の間で「家族信託」契約を締結しておきます。家族信託の登場人物は以下の3者です。

財産の管理を依頼する人=「委託者」
財産の管理を託される人=「受託者」
財産から利益を得る人=「受益者」

まず、父が元気なうちに「財産の管理を依頼する人=委託者」を父、「財産の管理を託される人=受託者」を子、「財産から利益を得る人=受益者」を父とする信託契約を子と締結します。今回は「委託者」と「受益者」が同じケースになります。

信託する財産は「実家」と「父の預金」です。「父の預金」は「信託口」とういう特別な口座に移します。信託口に移された父の預金は、「受託者」である子が出し入れすることができますが、父のためにしか使うことはできません。父が施設に入居すれば、その口座から施設代を払います。

また今後、父が実家に住むことがないのであれば、その時に父が認知症になっていても、子が実家を売却することができます。売却代金は信託口口座に入金し、父のために使います。

佐藤さん一家にあてはめてみると

佐藤さん一家にあてはめて考えてみましょう。

上記のような信託契約を明夫さん(委託者兼受益者)と祐介さん(受託者)との間で結んでおくことで、もし明夫さんが認知症になったとしても祐介さんが明夫さんに代わって自宅を売却することができます。そして、施設代や病院の費用、日々の生活費などは信託口口座から支払うことができます。

つまり、明夫さんが何とか自分で生活ができるうちは明夫さんの願い通り実家に住んでもらうことができ、施設への入居が必要となった段階でもし明夫さんが認知症になっていても、祐介さんが実家を売却し、施設代を捻出することができるのです。祐介さんの経済的な負担の心配もなくなります。

今回のケースでは明夫さんの脳梗塞の心配もあるため、できるだけ早く信託契約を結び、祐介さんが自宅の売却を進めていける状況を作ったほうがよいでしょう。自宅の売却が決まった段階で、明夫さんに施設に移ってもらう準備を始めるのはいかがでしょうか。

「家族信託」を利用する際に注意することは?

家族信託を一言で言うと、「自分の財産の管理や処分を信頼できる家族に信じて託す制度」といえます。あくまで「家族に信じて託す」ことが前提となるため、「信じて託せる」人がいない場合は利用すべきではありません。

また、家族信託は様々な場面での活用が考えられる自由な制度です。それだけに、しっかりとした目的を持ち、適正に設計をしないと思いもよらない事態となる可能性があります。

家族信託の利用にあたっては、それらの点を理解したうえで、経験豊富な専門家に相談してみてはいかがでしょうか。

税理士:藤原由親

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