東京パラリンピックへ、逆境切り開く「レジリエンス」という言葉 海外トップ選手が語る共通のキーワード

2016年9月、リオデジャネイロ・パラリンピックの車いすバスケットボール女子決勝の米国戦でプレーするドイツのマレイケ・ミラー(右)=リオデジャネイロ(AP=共同)

 東京五輪・パラリンピックの開幕が刻一刻と迫る中、新型コロナウイルスの収束はいまだに見通せず、開催可否を巡って揺れ続けている。世界中から選手団が集まることにも懸念が強まる中、海外のトップ選手たちは今、何を思うのか―。彼らが語るキーワードの一つが「レジリエンス(resilience=再起する力、回復力)」という言葉だ。昨年11月に野口聡一・宇宙飛行士らが乗った民間初の宇宙飛行船も新型コロナ感染症に打ち勝つ願いを込めて「レジリエンス」と名付けられた。日本でも選手団のワクチン接種が始まったが、特に基礎疾患を抱えるパラアスリートは感染時に重症化のリスクを伴う。コロナ禍で「不要不急」ともされたスポーツの意義を問われる時代。そんな逆境だからこそ、彼らは「切り開く力、レジリエンスを世界に示す機会に」と開催を願う。(共同通信=田村崇仁)

 ▽ドイツ選手、世論の批判や無観客開催も理解

 欧州ではワクチン接種を完了した人に対し、厳しい移動制限を緩和する動きが進む。ロックダウン(都市封鎖)の影響を受けたスポーツ界も日常を取り戻しつつある。車いすバスケットボール女子で3大会連続メダルを目指すドイツ代表のマレイケ・ミラー(30)もそんな変化を感じる一人だ。「昨年は全く予期できない状況で自宅での個人練習を繰り返し、全てが初めての経験で不安だった。視覚障害の選手は伴走者や介助者と密接するため感染リスクもより高い。特にコロナ禍で障害者は社会の支援が行き届かず、困難な状況に置かれた人も少なくない」と苦境を振り返る。

オンラインで取材に応じる車いすバスケットボール女子ドイツ代表のマレイケ・ミラー

 それが5月に入り、政府の判断で五輪パラ選手のワクチン優先接種が決まった。「ワクチンを打った日は少し不安で眠れなかったけれど副反応も特になく、周囲の風向きが一変した」と語る。

 障がい者スポーツの歴史が深いドイツはプロとして活躍するパラ選手も50人規模と多く、車いすバスケットボールのリーグは1部のブンデスリーガをトップに5部まで存在する。「誰もが参加できるスポーツ」として裾野は広いが、コロナ禍で活動できない厳しい現実にも直面した。

 最近は東京大会を目指すアスリートにも批判の矛先が向かう厳しい現状にも「パンデミック下で多くの新しいことが起きているので理解はできる」と冷静に分析する。

2016年9月、リオデジャネイロ・パラリンピックの車いすバスケットボール女子決勝の米国戦でシュートを狙うドイツのマレイケ・ミラー(中央)=リオデジャネイロ(AP=共同)

 無観客開催でも現実を受け入れる覚悟はあるという。「友人や家族がアリーナにいればもちろん素晴らしいが、今回は特殊な状況。私の家族も訪日できないし、選手としてこの状況は理解している。日本の観客が少しでも入れば雰囲気も変わるが、もし入れなくても世界中でテレビやネットを通して発信される。先行き不透明な今こそ、パラ選手が持つレジリエンスを示す時であり、パラリンピックの重要なステップになる」と訴えた。

 ▽米国代表の「鉄人」、東京大会で7冠を

 夏冬両パラリンピックで計17個のメダルを獲得した米国代表の「鉄人」、車いす陸上女子のタチアナ・マクファデンは(32)は、複数の米有力メディアが五輪・パラ中止を促す世論の逆風を冷静に受け止める。「コロナ禍で私自身も前例のない孤独と困難に直面し、試されたのがレジリエンスの力だった。特に障害者は社会との分断も広がった。でも練習に集中し、心技体で以前より強くなった自分に自信がある」と力強く宣言した。

2016年9月、リオデジャネイロ・パラリンピックの陸上女子400㍍(車いすT54)決勝で力走する米国のタチアナ・マクファデン=リオデジャネイロ(共同)

 4月には日本メーカー製車いすの故障でフレーム交換が必要な緊急事態だったが、フィギュアスケートの世界国別対抗戦で来日した米国チームの機転を利かせた援助で新しい部品を地元まで届けてもらい「まさにワンチーム」と感謝した。  先天性の下半身まひで幼少期はロシアの孤児院で育てられ、6歳で養女として米国へ移住。自ら障害の壁を越える法制定にも尽力したアスリートだ。障害者が健常者のスポーツ大会に出場できることを定めた新法は通称「タチアナ法」とも呼ばれ、後に全米各地で法整備が進む契機になった。

 東京大会は開催でも中止でも「現実を受け入れる」と覚悟を示し、トラック種目からマラソンまで7冠を目指す。

2016年9月、リオデジャネイロ・パラリンピックの陸上女子400㍍(車いすT54)で優勝した米国のタチアナ・マクファデン=リオデジャネイロ(共同)

 ▽足で矢を射るギネス記録保持者は「金」に照準

 生まれつき両腕がなく、足を使って矢を射るアーチェリーの名手、マット・スタッツマン(38)は「延期決定後は悲しくて職を失った気分だったが、すぐ立ち直った」と語る。

 2012年ロンドン大会で銀メダルを獲得。国際パラリンピック委員会(IPC)によると、310ヤード(約283メートル)の距離から的を射止めたギネス世界記録保持者でもある。17年に健常者による全米大会で優勝し、健常者の全米代表チーム入りも果たしている。

2016年9月、リオデジャネイロ・パラリンピックのアーチェリー男子に出場した米国のマット・スタッツマン=リオデジャネイロ(共同)

 幼少期に養子に出されたが、強い意志と心優しい人間性を育まれた。苦労して車の免許も取得し、器用に足を使ってハンドルを操作。趣味という車のメンテナンスから歯磨きやひげそり、料理まで基本的に日常生活は一人で何でもこなせる。

 左足で体幹を支え、右足と肩で弓矢を巧みにコントロールする技術を習得したアーチェリーへの情熱と向上心も人一倍だ。「逆境にも負けないタフさや強さ、困難や変化に直面した時に対応できる柔軟性をパラアスリートは持っている。折れない心、レジリエンスで東京大会への夢を追い続けたい」。16年リオデジャネイロ大会はメダルに届かなかったが、雑念を振り払い、金メダルへの照準を定めている。

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