「SOUL STATION」(1961年・BLUE NOTE) 2人の絆が生んだアルバム

平戸祐介のJAZZ COMBO・1

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「SOUL STATION」のジャケット写真

 第1回は「心の優しいテナーマン」と称される、テナーサックス奏者ハンク・モブレイの人柄などを物語る名盤についてお話しします。
 モブレイは1930年生まれ、20代からプロとしてマックスローチ(ドラム)らつわものと演奏を重ね、61年には「ジャズの帝王」と呼ばれるトランペッター、マイルスデイビスのバンドに抜てきされるなど、飛ぶ鳥を落とす活躍を果たします。
 しかし、当時のジャズ批評家からは、同じくテナー奏者のジョン・コルトレーンやソニー・ロリンズに比べて音色、フレーズがインパクトや説得力に欠けるとされ(私は全くそう思いませんが)、「サックスのミドル級チャンピオン」と呼ばれたりしていました。
 しかし、その呼び名は逆にモブレイの個性を際立たせるアイコンとなり、60年代はジャズの名門「BLUE NOTEレコード」の“顔”として、引く手あまたの人気を集めました。
 そんなモブレイは54年、アート・ブレイキー(ドラム)とホレス・シルバー(ピアノ)が率いていた人気バンド「ザ・ジャズメッセンジャーズ」に加入します。ところがその2年後、ブレイキーとシルバーの仲たがいでバンドは分裂、シルバーは全メンバーを引き連れてバンドを去ってしまいました。それでもモブレイは、ブレイキーとの親交を温め続けます。分裂劇によって当時のブレイキーはさぞ心細かったでしょう。彼の心の傷をモブレイは癒やしていたのかもしれません。
 そんな2人の絆がこのアルバムの誕生へとつながっていきます。制作された61年当時、スターとして自身のバンド以外の録音に関わらなかったブレイキーが“特例”として演奏に参加したのです。ジャケット写真に記載されているクレジットにはブレイキーの名前が最初に記されており、モブレイがブレイキーをどれほど慕っていたかがうかがえます。
 こうした温かいエピソードがあるアルバムが悪かろうわけがありません。全編リラックスムードにあふれており、収録曲の「Split Feelin’s」ではブレイキーのラテンフレイバーを用いた新感覚のジャズが楽しめます。「Dig Dis」、「Soul Station」にはブルース感覚にあふれたジューシーなフレーズが満載です。
 ジャズは「夜の音楽」また「大人の音楽」ともいわれますが、構える事なく温かな優しい音に包まれていただきたいと思います。

 【略歴】ひらど・ゆうすけ 長崎市生まれ。海星高、ニュースクール大ジャズ科(ニューヨーク)卒。高校時代にマンハッタン音楽院サマー・ワーク・ショップで最優秀賞受賞。1995年、ジャズベースの巨匠リチャード・デイビスらと共演した日本ツアーで成功を収める。大学卒業後に帰国、プロのジャズバンド「quasimode(クオシモード)」を結成。現在はソロで活動中。神奈川県鎌倉市在住。