ギリシャ:抑留された移民・難民の苦難を報告書で証言 EUは政策の転換を

国境なき医師団(MSF)は6月10日、欧州連合(EU)の移民政策が、ギリシャの島々に抑留された移民・難民、庇護希望者の健康や安全をいかに脅かしているかを証言する報告書『Constructing Crisis at Europe’s Borders(EUの国境で生み出される危機)』(英文)を発行し、EU首脳に対し、人びとを追い詰める政策の根本的な転換と、封じ込め・追い返し強化策を中止するよう改めて求める。 

サモス島バティのホットスポットで暮らすカメルーン人男性 © Evgenia Chorou

サモス島バティのホットスポットで暮らすカメルーン人男性 © Evgenia Chorou

劣悪な環境に閉じ込められる苦難

本報告書は、暴力と苦難を切り抜けながらもギリシャに到着した人びとが、劣悪な環境に捕らわれ、法的身分もわからず、厳しい入国・難民手続きに直面する姿を浮き彫りにし、現行制度が惨状を招き、人命を危険にさらし、難民として国際的な保護を求める権利を奪ってきたと指摘する。

移民への人道援助に関するMSFの顧問で報告書の執筆に加わったリーム・ムサは「この5年余り、人びとをギリシャの島々の『ホットスポット』と呼ばれる抑留地に封じ込め、そこで難民申請を処理するEUの政策は前代未聞の人道危機と多大な苦痛を生んできました。これは‟意図せぬ残念な結果“ではありません。EUのホットスポット制度は、難民申請の処理だけでなく、欧州に安全を求める人びとを追い返せるように仕組まれているのです」と解説する。
 

心の傷に苦しむ人びと

ギリシャのキオス、レスボス、サモスの3島にあるMSFの精神保健施設では、2019年から2020年にかけて合計1369人の患者に対応。その多くが心的外傷後ストレス障害(PTSD)や抑うつなど深刻な心の健康問題に苦しんでいた。また、MSFの治療を受けた人の中でも180人余りに自傷行為や自殺を図った経験があり、うち3分の2が子どもで、最年少はわずか6歳だった。

MSFの患者は、日常的なストレスと不安が心の健康に大きな打撃となっていると語っている。劣悪な環境で生活しながら、複雑な行政・難民申請手続きをし、暴力と危険に日常的にさらされている。家族と離れ離れになり、健康問題があっても治療できず、いつ国外退去になるか常に不安を抱えて生活している。

移民・難民申請者が抑留されているギリシャの島々では、生活に必要不可欠なものでさえ長年ないがしろにされ、医療や水などの供給をMSFや他のNGOが担うしかない状況が続いている。安全な飲み水のないサモス島バティのホットスポットは人口過密で、MSFが2019年10月から2021年5月までに4300万リットル超の水を供給した。

ギリシャのMSF現地活動責任者イオルゴス・カラギアニスは「改善の要求があるにもかかわらず、EUとギリシャ政府は既にこれだけの苦痛を生んできた政策を定着させ、強化させることに何百万ユーロもの資金を注ぎ込んでいます」と指摘する。 

ホットスポットで配給された食事を温める男性たち © Evgenia Chorou

ホットスポットで配給された食事を温める男性たち © Evgenia Chorou

命を脅かす施設が新設

EUとギリシャ政府がこの人道危機に拍車をかけながら、ギリシャ領内の島々で設置計画を進めるのが多目的受入・照会センター(MPRIC :Multi-Purpose Reception and Identification Centres )だ。サモス島では既にこの抑圧的な施設が完成し、6月中に運用開始となる可能性もある。

カラギアニスは、「レスボス島モリア郊外のホットスポットが機能不全に陥り、人が住むようなところではなかったにも関わらず、サモス島に新しくできた施設はそれを見本にしたような作りになっています。サモス島の新施設はまるで刑務所で、町はずれの吹きさらしの場所に輸送用コンテナを置き、有刺鉄線で囲んでいます。そこに人びとを押し込め、出入りも監視するそうです。環境の改善どころか、今後も人びとの心の健康を損ない、難民保護に関する危機的な状況を悪化させてしまいます。ギリシャの島で捕らわれになっている人びとの苦痛が、さらに覆い隠されてしまうでしょう」と訴える。

EUと各加盟国は、欧州にたどり着く人びとの封じ込め政策を打ち切るべきだ。MSFは、人びとが緊急援助の対象として域内全土で安全に社会に受け入れられ、地域に溶け込めるよう求めていく。
 

サモス島に設置された多目的受入・照会センター © Evgenia Chorou

サモス島に設置された多目的受入・照会センター © Evgenia Chorou

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