<レスリング>【2021年明治杯全日本選抜選手権・特集】目標はパリではなく、世界ベテラン選手権での優勝…男子フリースタイル72kg級・井上智裕(FUJIOH)

 

(文=布施鋼治、撮影=矢吹建夫)

世界ベテランズ選手権での優勝へ向け、幸先いいスタートを切った井上智裕(FUJIOH)

 全日本選抜選手権・最終日(5月30日)。男子グレコローマン72㎏級はベテランの井上智裕(FUJIOH)が制した。2016年リオデジャネイロ・オリンピックの66kg級5位の実績。「去年12月の天皇杯(全日本選手権)は出場する予定だったけど、コロナが原因で棄権することになった。今回は2019年の天皇杯以来、1年5ヶ月ぶりの試合だった。試合感覚もちょっと忘れていたので、決勝は特に手堅い試合になってしまいましたね」

 井上はそう謙遜するが、決勝の堀江耐志(自衛隊)戦で見せた強さは圧巻だった。今年4月のアジア選手権で3位に入賞している堀江に対して0-1で迎えた第2ピリオド、パッシブとローリングであっさりと逆転。焦る堀江が前に出てくると、相手の力をいなしてチャンスを与えない。終了間際には、大きくジャンプしてがぶりを狙ってきた堀江をたたき落とす形で4点を上げ、勝負を決めた。

 「堀江選手がアジア選手権に出たときの映像は見ました。世界の舞台で勝つ選手だけに、前に出てくる選手だなと思いました。今後、強敵になるのかな、と思っています」

 この優勝によって世界選手権への出場切符を手にした井上だが、出場については明言を避けた。「この場で『行きます』とは言えない。会社と相談しながら決めていきたい。自分自身の気持ちとしては出たいと思います」

グレコローマンでは日本人未踏の世界ベテランズ選手権優勝

 ちょうど1年前、井上はFUJIOHの一般社員として再スタートを切った。「普段の生活では、会社が終わり次第、自分でトレーニングをしたりしています。東京オリンピックを目指していた頃とは練習量も7割くらい落ちて、正直、オリンピックを目指せる環境ではないと思っています」

アジア3位の相手を寄せ付けない実力を発揮。変わらぬ強さを見せた

 話が2024年のパリ・オリンピックに及ぶと、井上ははっきりと答えた。「正直、次のオリンピックは目指していない」

 もうすぐ34歳。もちろん今年の世界選手権(10月、ノルウェー)に出場することになれば優勝を狙うが、来年35歳になれば、出場資格を得る世界ベテランズ選手権での優勝を視野に入れる。

 「この大会のグレコローマンでは、日本人選手はまだ優勝していない。僕がその第1号になりたいと思っています」

 オリンピック出場は断念した。「現役を続ける理由は?」という質問が飛ぶと、井上は少し考えたあと、「レスリングが好きだからじゃないですねかね」と答えた。

 「会社員として働きながらレスリングをやる中で、モチベーションは下がった。コロナも重なったけど、今やれることをやるしかない。好きで試合に出ているので、もう(以前のように)モチベーションが下がることはないですね」

 オリンピックでメダルを目指すことだけが人生ではない。世界ベテランズ選手権を狙う、精神的に吹っ切れた元オリンピアンがいてもいいじゃないか。

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