無頼漢・宮本浩次のカバーアルバム「ロマンス」に凝縮された女の情感 2020年 11月18日 宮本浩次のアルバム「ROMANCE」がリリースされた日

エレファント カシマシでスタートした宮本浩次のキャリア

去年11月にリリースされた宮本浩次(以下ミヤジ)ソロ2作目のカバーアルバム『ROMANCE』が大きな話題となった。本人初のオリコンチャート1位を獲得し、この年の芸術選奨文部科学大臣賞(大衆芸能部門)を受賞。この、女性シンガーの楽曲をミヤジに歌わせることで、どのような化学反応が起こるかという企画は、ポピュラーミュージックの枠の中でマキシマムなパイに行き届き評価を得られた成功例と言えるだろう。

ミヤジのデビューに繋がるキャリアのスタートは中学の同級生と結成したエレファント・カシマシにあった。僕は中学生の頃、偶然渋谷の小さなライブハウスで、高校生だった彼らのステージを観たことがあるのだが、その時は、ローリング・ストーンズやRCサクセションに大きく傾倒した自分たちのルーツミュージックの輪郭を明確にしたロックンロールバンドだった。

無頼漢という言葉が相応しかった宮本浩次のステージパフォーマンス

ただ、今思うと、ストーンズのミックしかり、RCの清志郎しかり、そのステージで醸し出すオーラはグラマラスでジェンダーを越えた中性的な印象が垣間見られたりするのだが、ミヤジのステージパフォーマンスは圧倒的に男臭く、“無頼漢” という言葉に相応しいものだったと記憶している。

そのインパクトはデビュー以降も変わることなく、初期の名曲「奴隷天国」や彼らの認知度を一気にアップさせた「今宵の月のように」でもそんなミヤジらしさを十二分に体感することが出来るだろう。

ミヤジのこのようなキャラクターは、彼が夏目漱石や永井荷風などの文学を好み、浮世絵や掛け軸など日本古来の伝統を感じさせてくれる古美術を愛するという人物像からも大きくうなずかせてくれる。だからこそ、ミヤジが女性シンガーの楽曲に特化した企画アルバムを制作するということは、大きな賭けであり、もしかしたら新境地を開拓するかもしれない… という野望が込められていたことは言うまでもない。

女性シンガーの楽曲をカバー、宮本浩次ソロアルバム「ROMANCE」

2019年に本格的なソロ活動を開始し、2020年、コロナ禍の中で制作されたこのアルバム『ROMANCE』は、1973年にリリースされた小坂明子の「あなた」から1999年リリースの宇多田ヒカル「First Love」まで、時代の流れを感じさせながら、機微とも言うべき女性の心情を打ち出したリリックの数々を収録。

これらを歌う無頼漢は、圧倒的な個性を打ち出し、昭和歌謡の再評価がトレンドとなって久しい状況も相俟って、日本のミュージックシーンに大きな足跡を残す作品になったと思う。

女性特有の言葉で、女性の心情を歌うというのは、70年代のコーラスグループや演歌では、ひとつの世界観として確立していた。敏いとうとハッピー&ブルーの「よせばいいのに」や、宮史郎とぴんからトリオ「女のみち」など、バックストリートの情念が込められたリリックを昭和然としたマッチョイムズの中に潜む繊細さをスーツ姿で歌うそのスタイルは、昭和の風情として多く人の心に焼き付いている。

令和の時代に見せる、シンガー宮本浩次の新しい世界観

ミヤジには確かに無頼漢とも言うべきマッチョイムズを感じていた。同時に児童合唱団で声楽指導を受けていたという幼少の頃のキャリアを存分に活かしたダイナミックな歌唱法の中に潜む繊細さを見逃さずにはいられない。

そんなシンガーとしての存在感が、昭和歌謡の郷愁、それまで歌い継がれてきた女性ならではの情感と化学反応を起こし、懐かしさとは極北とも言うべきスタイルを打ち立てたのだ。

それは、令和の新しい世界観だ。そこに潜むミヤジの新たな魅力は、長年シンガーとして培った中で熟成された豊潤さ… ではないだろうか。これは “グラマラス” な魅力と言ってもいいだろう。

そう、無頼漢とは相反するこのグラマラスさ。このふたつが溶け合ったシンガーとしての独自性は、バンド期を通じても打ち出すことの出来なかった圧倒的な個性である。特に収録曲の中、中島みゆき「化粧」の冒頭のウィスパー気味の歌い方には、彼のこれまでのキャリアが凝縮されていると思えるほど素晴らしい。

遅咲きのシンガーは、エレカシデビュー9年目に「今宵の月のように」をチャートに送り込み、2017年には、デビュー29年目にして紅白初出場を果たす。そして2019年からソロとしてのキャリアをスタート。合唱団から、RCやストーンズに傾倒したロック少年へ…。メジャーデビュー後のエレカシは決して平坦な道のりではなかった。おそらく人生の中で何度も転機を感じ、今も歌い続けているだろう。

今年55歳を迎え、日本のヴォーカリストとして確固たる位置を築いた宮本浩次。しかし、これから先、どんな転機が彼に訪れるかわからない。シンガーとしての可能性はまだまだ秘められていると思う。

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カタリベ: 本田隆

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