鉄道車両のニュースで目にする「快適性」って何? 東京メトロの「快適な環境づくり」を見る【コラム】

東京メトロ新木場車両基地(写真:鉄道チャンネル編集部)

最近、鉄道の情報、特に新型車両のニュースで必ず目にするキーワードが「快適性」です。辞書的には、「具合が良くて、非常に気持ちいいこと」の意味。いささか漠然としている快適性を、実際の形というかサービスに落とし込んで利用客に提供するのが、事業者の腕の見せどころといえるでしょう。

さまざまな情報を当たる中で見付かったのが、東京メトロの「快適な環境づくりの取り組み」。本稿はフリースペースから優先席、空調まで、車両のすべてに及ぶメトロの快適性追求を項目別に紹介。あわせて、新幹線車両の利用環境改善、さらには快適性の視点でも読み解ける、メーカーサイドのニュースを集めました。

相直区間の拡大で快適性を求められる

一般に、鉄道車両に求められるのは安全と安心、走行性能、省エネルギー、乗り心地、そして誰もが利用しやすいユニバーサルデザイン(UD)などでしょう。鉄道業界では、旅客サービスに関係する項目を「車両の快適性」と総称するようです。

今回取り上げた東京メトロは、東京23区内を中心に9線区195.0キロの路線ネットワークを持ちます。もちろん快適性は以前から追求してきたわけですが、最近重視するようになったのは、JR東日本や首都圏の私鉄各社との相互直通運転区間の拡大が背景に挙げられます。

東京メトロの相直ネットワーク。社名は「東京」でも、車両の運用範囲は神奈川、埼玉、千葉、茨城の4県に及びます。(資料:交通政策審議会)

メトロ車両の走行区間は、相直部分も含めると550.8kmと、自社路線の3倍弱に広がります。一例ですが、東急田園都市線からメトロ半蔵門線を経由して東武スカイツリーラインまで直通列車に乗車すると、メトロの車両を2時間近く利用するケースもあり、JRの中電(最近、余り見ませんが中距離電車のことです)と同じような、乗り心地の良さが求められます。

昔車いすスペース、今フリースペース

17000系のフリースペースと優先席。連結部の貫通引き戸は下部まで強化ガラスを使用します。(写真:鉄道チャンネル編集部)

メトロの車両で、導入が進むのが車端部のフリースペースです。従来は車いすスペースでしたが、最近はベビーカーや大きな荷物を持った利用客にも歓迎され、車両新造時はもちろん、既存車両のリニューアル時にも座席を撤去してフリースペース化しています。

フリースペースの工夫が、横方向のヒップレスト。立ち席客のために、手すりと腰乗せを一体化しています。

フリースペースが車両のどこにあるか分かりやすく表示したのが、日比谷線の13000系電車以降で採用する車いすとベビーカーのピクトグラム(絵文字)。有楽町・副都心線に最近登場したばかりの17000系の場合、地色を薄い黄色、絵文字を黒という、いわゆる警戒色にして視認性を高めました。

東京メトロ日比谷線に2016年から登場した13000系電車(手前)。従来の日比谷線は18m車8両編成でしたが、13000系から20m7両編成に変更されました。(写真:鉄道チャンネル編集部)
17000系の車いすとベビーカーのピクトグラム(写真:鉄道チャンネル編集部)

優先席は1975年登場のシルバーシートがルーツ

快適性につながるバリアフリーで、最もポピュラーなのは優先席でしょう。東京メトロの始まりは、1975年の帝都高速度交通営団時代に登場したシルバーシート。今は各車両に優先席がありますが、当時のシルバーシートは一部の車両だけでした。

1996年にはシルバーシートを各車両1カ所以上に拡大。1999年には名称を現在と同じ優先席に改め、高齢者のほか、障がい者や乳幼児連れの旅客も利用できるようにしました(それ以前も利用はできたので、この表現が正確とはいえませんが)。

車高を下げて車いすで乗り降りしやすく

普段は気付きにくいものの、車いすの利用客にとって朗報なのが。車両とホームの段差低減。有楽町線・副都心線を見れば、これまで主力だった7000系の床面高さが1200ミリだったのに対し、17000系は1140ミリと60ミリ下げています。

ドア出入り口の高さと形状。17000系と7000系を比較しました。(資料:東京メトロ)

電車で難しいのは、満員のラッシュ時と早朝や昼間の空いた列車で車高が違ってしまう点。そこで最近の車両は、ドア部分に車両側からの緩やかな下り勾配を付け、混雑時も、それ以外もスムーズに乗降できるようにしています。

もう一つの車いす乗降のための工夫が、ドアレールの切り欠き。車いすの車輪がドアレールに引っ掛からず、なめらかに車内に入れます。

車内は強化ガラス多用で開放感を演出

車内環境では、座席端部の袖仕切りや荷棚(荷物を載せる棚の部分)、連結部の貫通引き戸を強化ガラスとして、縦方向(進行方向)の見通しが利くようにしています。トンネル内を走行する地下鉄はどうしても閉そく的に感じられるので、開放感を演出するわけです。

耳で聞いて分かるのが、車内放送用スピーカーの再生周波数特性改善。地上に比べて走行音が大きいトンネル内も、放送が明瞭に聞こえるようにしています。

空調は「冷房」から「全自動」まで5段階

高温多湿の日本で、絶対に必要なサービス機器が空調装置。銀座線と丸ノ内線を除くメトロ各線は、屋根上集中型の空調装置を搭載します。新鋭車両は、冷房能力を既存車両に比べて2割程度アップ。最近は地球温暖化やヒートアイランド現象のせいか、真夏の猛暑が続きますが、そんな時も快適に乗車してもらうための取り組みです。

メトロで特殊なのが銀座線と丸ノ内線。ファンの皆さんには説明不要と思いますが、両線は第三軌条方式でパンタグラフがなく、屋根上に他線区のような大型のクーラーを載せるスペースが取れません。丸ノ内線の新鋭2000系は、従来に比べ2割ほど厚みを抑えた埋込み型の空調装置を分散搭載します。

屋根板に本体を埋め込んだ丸ノ内線2000系の空調装置。(画像:東京メトロ)

メトロの空調は、「冷房」「除湿」「暖房」「送風」「全自動」の5段階。資料に載っていない話ですが、メトロは車内放送で「現在は除湿を使用しています」など、空調がどんなレベルかを案内。感じ方が人それぞれに違って設定が難しい、空調の状態を放送で案内して意識してもらう取り組みです。

コロナ対策も万全

続いて、東京メトロの新型コロナ対策。同社は2020年7月から、保有全車両への抗ウィルス、抗菌コーティング処置を実施しています。原則15日ごとで、月2回のペース。

車内換気に関しては鉄道総研の実験結果も出ていますが、メトロは自社でも換気の効果を実測。1車両2カ所の窓開けと空調使用、駅でのドア開けで、8分ごとに車内の空気が入れ替わることを確認しています。

自然な姿勢でくつろげるJR東海のN700S

東海道新幹線N700S確認試験車(写真:鉄道チャンネル編集部)

車両の快適性はJRや私鉄各社もそれぞれ追求するところですが、詳しい紹介は別の機会に回し、ここでは東海道新幹線の快適性追求に絞って取り上げます。JRグループで快適性を追求した次世代車両のモデルといえるのが、2020年にデビューしたJR東海の東海道新幹線「N700S」です。

普通車で特筆したいのが、座席のリクライニングシステム。従来は背もたれが後ろに倒れるだけでしたが、N700Sは座面も連動して沈み込み、より自然な姿勢でくつろげるようにしました。

N700S座席リクライニング時の様子(写真:鉄道チャンネル編集部)

バリアフリー対応では、国のバリアフリー法に基づく整備ガイドライン改定を機に、N700Sのフリースペースを拡大。同様のフリースペース拡大は、JR東日本も実施します。

ビッグデータで乗り心地改善

オンライン会見でグローバルロジックの買収を発表する東原日立社長(中央)(筆者撮影)

最後はメーカーサイドのニュース。日立製作所が2021年3月に発表した、アメリカのデジタルエンジニアリング企業・GlobalLogic(グローバルロジック)の買収は、鉄道車両では乗り心地改善をはじめとする快適性向上の可能性を持ちます。

グローバルロジックはセンサーなどの端末で収集した情報を、クラウドコンピューターに送信して分析する、ビッグデータ処理の「Chip-to-Cloud(チップ・トゥ・クラウド)」と呼ばれる技術にノウハウを持ちます。鉄道分野では自動運転のほか、営業用車両から得られるデータを解析して、トラブルの予兆を見付け出す、状態(常態)監視への応用に期待。オンライン会見した東原敏昭社長(現在は会長兼社長)は、鉄道や自動車のモビリティ分野への応用について、「多くのデータを集めることで、例えば乗り心地のような感覚的な事柄の改善も可能になるだろう」と可能性を語りました。

文/写真:上里夏生

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