名画に隠された別人の肖像画、躍進するソウルを分析、NY市長候補の文化政策まとめなど:週刊・世界のアートニュース

いま、世界のアート界では何が起こっているのか? ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目のニュースをピックアップ。今回は、6月5日〜12日のあいだに世界のアート系メディアで紹介されたニュースを「アジアのアートマーケットの行方」「美術の研究にもマシンラーニングAI」「略奪された作品の返還」「できごと」「おすすめの読み物、展覧会、ビデオ」の5項目で紹介する。

アメデオ・モディリアーニ《Portrait of a Girl》(1917) Tate蔵

アジアのアートマーケットの行方

◎東京はアート市場のハブになれるか
東京が香港に変わるアジアのアート市場のハブになれるかについての記事。日本で若手のコレクターが増えていること。またアートフェアやオークション、画廊なども保税地域(便宜的に国外の扱いで、国内顧客に作品が売れるまで関税や消費税がかからない)の適用を受けられるようになったことなどポジティブな動きを紹介。ただ保税地域の手続きが煩雑で、画廊には現実的に運用がかなり厳しいこともあげられている。
https://www.theartnewspaper.com/analysis/tokyo-aims-to-take-art-trade-crown-from-hong-kong

◎躍進するソウルを分析
ソウルが香港に変わってアジアのアート市場ハブになれるか。美術館が大幅に増えていること。アートへの税制の優遇、そしてソウルの物価が他の世界の大都市に比べて安いことなどで、ペース、ペロタン、そしてタデウス・ロパックなどの大画廊が進出。9月にはFriezeアートフェアがはじまる。現状東京より一歩先んじていると言えるだろう。サムソンの元会長の死により、その数千億円相当ともよばれる大コレクションの行方への注目から、韓国のアートマーケットの歴史を紐解く長文記事。
https://www.artnews.com/art-news/news/seoul-south-korea-art-cities-to-watch-1234595000/

美術の研究にもマシンラーニングAI

◎名画に隠された別人の肖像画
モディリアーニの肖像画《Portrait of a Girl》(1917)をX線で見ると、その下に別の肖像画が描かれており、それが彼の以前の恋人ベアトリス・ヘイスティングスだと考えられている。X線の画像を元に、最新のAIがモディリアーニの他の作品から色目や筆致を学んでこの絵を推定し、3Dプリンターを使って、フルカラーの絵画を復元した。ロンドンのルベンソンギャラリーで6月25日まで展示中。
https://www.theguardian.com/artanddesign/2021/jun/06/modigliani-lost-lover-beatrice-hastings

◎AI、驚異の識別能力
新しい研究で、ディープラーニングで学習したAIが、北米の古代の陶器のバラバラになった数千の破片の模様の違いを識別してうまく仕分けることができたという。ベテランの考古学者4人と同等かそれ以上の識別能力をみせたとのこと。
https://hyperallergic.com/651726/machine-learning-matches-ancient-pottery-fragments-tusayan-white-ware/

略奪された作品の返還

◎植民地由来の所蔵品を返還する動き
1897年にベニン王国(現ナイジェリア南部)の宮殿から多数のブロンズ像が略奪された。そのベニン・ブロンズを返還する動きが英、仏、独そして米国の美術館で始まっている。ベニン・ブロンズに限らず植民地から持ち出された多くのものが欧米の美術館に所蔵されるなか、その返還を巡る複雑で多くの問題を議論する記事。米国のネイティブ・アメリカンへの返還政策からの教訓として重要なのは2点。1つは目録、つまりどれだけのものが保有されているのかを知ること。2つ目はコミュニケーション、コラボレーションに尊敬の念だと。美術館の植民地由来の所蔵品の来歴研究は近年特に重要で、学芸員の新しい専門性として大きな注目があつまっており、まだまだ足りないが、予算がつきはじめている分野だという。
https://news.artnet.com/art-world/benin-bronzes-roundtable-1976576

◎カンボジア政府に返還
NY州検事が略奪されNYに持ち込まれた27のアンティーク作品(約4億円相当)をカンボジア政府に返還した。NYの2つのギャラリーの捜査で取り返されたもの。今回返還されたものを含め9年の捜査の末、そのうち一つの画廊経由で2500点以上、150億円以上の作品が押収されたという。もう一つの画廊でも数億円相当が売買され、資金洗浄にも利用されたという。2人とも最大25年の懲役が科せられる。
https://news.artnet.com/art-world/3-8m-looted-antiquities-to-cambodia-1979478

できごと

◎美術館の機会損失の一因
ホイットニー美術館をはじめ多くの米国の美術館の基金のリターンは名だたるヘッジファンド創設者が理事に名を連ねているにもかかわらず、一般的なポートフォリオに比べてかなり悪いという。ホイットニーの例では2009年から16年の間に年平均5%悪く、結果として100億円以上もの機会損失を出している。美術館基金は一般的な株と債権のポートフォリオに比べて、オルタナティブ資産が多い。また美術館とウォール街との距離と、運用益に正の相関があり、近いほど悪いことがわかっている。つまり、手数料の安い株と債権のポートフォリオではなく、手数料の高い複雑なポートフォリオをウォール街のファンドマネージャーに買わされて、いいカモになっている。自分の金ではない基金の金の運用に理事達が無責任なのではという論。
https://hyperallergic.com/651099/the-financial-reasons-for-abolishing-museum-boards/

◎アブダビは文化、クリエイティブ産業を強化
アラブ首長国連邦のアブダビは今後5年間で約6500億円を文化、クリエイティブ産業に投資することを発表。石油から観光業への転換に向けたコロナ後の景気刺激策の一環。すでに2017年にルーブルの分館がオープンしているが、グッゲンハイムの分館などいくつもの美術館を建設中。
https://news.artnet.com/art-world/abu-dhabi-6-billion-cultural-pledge-1977737

◎NY市長候補の文化政策まとめ
民主党が強いNYで本選挙とも言える市長選の予備選が6月22日にせまっており、混戦の様子だが、トップ6名に取材して主に文化政策についてまとめたもの。コロナ対策で文化への予算が限られるなか、空きスペースや屋外を活用した活性策が目立つ。候補選びに文化が効いてくるからこその記事。
https://hyperallergic.com/650816/where-2021-nyc-mayoral-candidates-stand-on-the-arts/

◎ヨシ・ワダ逝去
NYを拠点に、実験的なサウンドアーティストで、フルクサスでも活動していたヨシ・ワダ氏が先月77歳で亡くなった。自作の巨大な管楽器での演奏や、鑑賞者が演奏に参加する形のインスタレーション、機械的な動きのある立体作品を取り入れた作品など幅広い活動。
https://www.artforum.com/news/yoshi-wada-1943-2021-86078

◎ピカソの高額作品トップ10
ピカソは2020年だけでも、全世界のオークションで3400作品が取引されて総額268億円の売買高でナンバーワンだという。そのピカソのこれまでのオークションレコードトップ10の作品のまとめ。トップ10だけ見ても若い初期の作品から70代の作品まで幅広い。
https://www.artnews.com/list/art-news/artists/pablo-picasso-highest-auction-records-1234594915/femme-assise-1909/

◎パワハラでクビ
韓国の光州ビエンナーレを運営する財団のトップが、パワハラや不当な解雇をしたと労働組合から申し立てられて、任期更新されずに事実上のクビに。本人は申し立ての内容が事実でないと反論している。現在、市や国が財団の事実検証を行っているとのこと。
https://news.artnet.com/art-world/president-gwangju-biennale-labor-union-1979205

◎ゴッホの没入型商業アートを批評
昨今の没入型商業アートの流行りに乗って、著作権の切れたゴッホ作品を使った施設が世界中で人気を博している。NYでも現在2つのゴッホ没入型展示が開催されており、NY Timesの批評家がそれらをシニカルにしかし丁寧に批評。NYにはメトロポリタン美術館、MoMA、グッゲンハイムに計20以上の実物があり、入場料も安くつくのだからやはり美術館をおすすめしたいという論調。
https://www.nytimes.com/2021/06/09/arts/design/van-gogh-immersive-manhattan.html

おすすめの読み物、展覧会、ビデオ

◎日本にゆかりのあるゴッホの友人
米国メイン州のアンティーク店で$45で買われたE.W.ブルック(E.W. Brooke)という無名作家の絵画が、実はゴッホの自殺前に友人として一緒に絵を描いていた日本育ちのオーストラリア人によるものだということが、購入者が大阪大学の圀府寺司に連絡したことでわかった。ゴッホは浮世絵など日本の文化に大きな興味を持っており、日本で育ったブルックと意気投合したのか、弟への手紙にも出てくるという。フランスで描かれた作品がその後、横浜、カリフォルニア、メインと渡ってきた数奇なめぐり合わせの物語。
https://www.nytimes.com/2021/06/04/arts/design/van-gogh-painting-maine.html

◎実現しなかった作品たち
オルデンバーグは、NYのパークアベニューをレーンにみたて巨大なボールでボーリングする。クリストは100万個の石油ドラム缶でピラミッドをつくるなど、70年代に「Dream Monuments」として提案されたが、実現しなかった作品のドローイング群がヒューストンのメニルコレクションで初の展示中。9月19日まで。
https://news.artnet.com/art-world/de-menil-monuments-show-1977600

◎リヒター展に際して豪華共演
6月26日までNYのガゴシアンギャラリーで開催中のゲルハルト・リヒター「Cage Paintings」展にあわせて制作されたビデオ。題名はリヒターがジョン・ケージを聞きながら制作していたことからきているそうで、キュレーターのハンス・ウルリッヒ・オブリストの解説に、パティ・スミスのパフォーマンス、そしてダンスが加わり、絵画を新しい視点で豪華に楽しめる。
https://gagosian.com/premieres/gerhard-richter/

*来週の「週刊・世界のニュース」は休載します。次回は6月29日(火)更新予定です。

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