SDH 自分事と考えて 第8部 識者に聞く (5) 県保健福祉部長 海老名英治さん

 「なぜジェイソンは…」という問い掛けが繰り返される寓話(ぐうわ)は、孤立や貧困など健康の社会的決定要因(SDH)を解説する際にしばしば引用される。厚生労働省から出向している県保健福祉部長の海老名英治(えびなえいじ)さん(43)はSDHの視点が、健やかに暮らすための課題解決に本県でも応用できるとして、さまざまな場で寓話を引き合いに考えを広めている。

 「私は生まれつき右目が見えず、義眼を入れている。高校生の頃、作り直す必要があり、経済的な事情から助成を受けるため障害者手帳の取得を考えた。市役所で相談したが左目が見えるため断られた。その時の疑問が社会保障に興味を持つ原点となり、行政職に進んだ理由の一つだ」

 「赴任前に上司から『今後の公衆衛生分野の鍵になる』とSDHに関する書籍をもらって読んだ。高校生の時に感じた疑問とSDHが結びつき、大切なテーマだと感じた」

■教育分野でも

 本県は脳卒中の死亡率が高いなど長年の健康課題がある。

 「現状分析と見える化で行動変容の必要性を社会全体で理解することが重要。SDHで言えば、県民が漬物にしょうゆをかける習慣にも理由があるはず。そこを分析し、そうした行動が良くないことを積極的に伝える。教育分野でも健康課題を取り上げてもらうことは非常に大切。教育関係者と専門家が二人三脚で取り組むことで子どもも周囲の大人も変わる」

 社会的処方は膨らみ続ける社会保障費の抑制につながるか。海老名さんは持続可能な社会保障の在り方を考える必要性を指摘する。

 「公的医療保険などの社会保障が、支えられる側から支える側となることを促す側面もある。入院しても短期間で済み、再び社会に参加してもらえれば社会全体が豊かになる。予防により社会保障費が減るとまでは言えないと思うが、さらなる負担増に至らず、社会全体で負担できる程度になると思う。SDHや社会的処方の視点を組み合わせて好循環な仕組みにすることを考えていくべきだ」

■気付きの視点

 「ジェイソンの寓話」は荒れた地域に住む少年が廃品置き場で遊んでけがをし、入院するストーリーだ。

 「この寓話は医療者だけの話ではない。安全に遊べるようなまちづくりや地域住民の声の掛け合いなど、彼のけがを防ぐための布石はいくつもある。行政と県民、事業者も自分事として考えてほしい」

 「SDHは答えではなく、気付きの視点。地域共生社会にも通じるところがある。みんながおせっかいになり、接着剤として動くことで、今必要とされている人と人とのつながりが再構築される。宇都宮市医師会の取り組みをはじめ、子ども食堂など県内には多くの活動がある。それらの輪の広がりを加速させることが必要だ」

 【プロフィル】2003年、信州大医学部医学科卒業。04年に医系技官として厚労省に入省し医政局医事課長補佐、健康局総務課長補佐などを歴任。18年に県保健医療監に就任し、20年4月から現職。

(第8部終わり。この連載は健康と社会的処方取材班が担当しました)

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