死の間際まで警鐘鳴らした調査官魂 幾重にも自己否定の地獄に突き落とす厳罰化 伊藤由紀夫さん

By 佐々木央

 5月21日、少年法改正案が参議院本会議で可決、成立した。改正法は18歳と19歳の少年に対する刑事罰の適用を拡大し、起訴後の実名報道を解禁、職業資格の取得を制限する。重大な転換であるにもかかわらず、社会的な議論がほとんどなく、国会でも質疑が尽くされたとはいえない。

伊藤由紀夫さん。多くの知人が「優しい笑顔のイメージしかない」という

 この改正に強い危機感を抱き、反対し続けた元家庭裁判所調査官がいる。成立の2週間前、5月6日に病死した伊藤由紀夫さんだ。死の間際まで、改正を批判する論稿をつづり、メディアの取材にも問題点を語り続けた。彼を突き動かしたものは何だったのか。(47ニュース編集部、共同通信編集委員=佐々木央)

 ▽3500人の非行少年と出会う

 伊藤さんは1955年2月、東京・南千住で生まれた。早稲田大教育学部を卒業し、1980年、調査官補として採用された。3年後に調査官に昇任、2015年に定年退職するまで、調査官として現場を歩いてきた。

 「歩いてきた」と表現したのは、比喩ではない。家裁は敗戦後、新しく生まれた組織である。そして家裁調査官も新しく生まれた職種であった。

 家裁は名称に「裁判所」とあるが、本来、非行少年を「裁く」場ではない。少年本人や保護者、学校、職場などに働きかけ、関係者の調整を図るケースワーク機能を中心に置く。自主的に問題を解決できるようにすることが目標だ。その機能を中心的に担うのが、家裁調査官である。

 伊藤さんは採用当時の研修で「家裁調査官はケースウォーカーである」と教えられる。「ケースウォーカー」は造語で、「現場を歩きながらケースワーク機能を果たす人」という意味だ。

 捜査官の視点で切り取られた事件書類を読むだけでなく、調査官は、非行少年が現実に生きている空間に身を置き、交流がある人々に実際に接する。それは少年を理解するために、そして彼の人生に介入していくために、不可欠の前提だ。伊藤さんは徹底して現場主義を貫いた。

2008年12月、少年審判の傍聴制度開始を前に、報道陣に公開された東京家裁の審判廷

 調査官として約3500人の少年少女に出会ったという。そのたびに家庭を訪ねて保護者・家族から聞き取り、学校で先生と話し合い、職場にも赴いた。ケースウォーカーとしての蓄積が、調査官という仕事に対する彼の揺るがぬ誇りと自信の基礎にあったと思う。

 ▽言葉にならないことを大切にする

 退職後はNPO「非行克服支援センター」の相談員やニュースサイト「日刊ベリタ」の代表を務めた。日刊ベリタのサイトで、伊藤一二三という筆名で書かれた記事を読むことができる。

 2018年8月から9月にかけて、ベリタに「家庭裁判所と少年非行に何が起きているのか」と題する論考を10回続きで掲載している。日本における非行少年像の移り変わりを主旋律として採譜しつつ、背景にある政治や経済・社会の変化を考察し、さらに少年司法システムの変遷を重ね合わせた力作である。一読をお勧めしたい。

 その連載の第1回で家裁調査官のケースワーク機能について、次のように説明する。

 ―裁判所は本来、言葉によって争われ、言葉によって判断する「言葉で成り立っている場」であるが、言語化を苦手とする非行少年、言葉になりにくい家庭内や親族内の出来事について、「言葉にできないものの中にある大切なこと」を粘り強く調査・調整し、非行少年や親、当事者にできるだけ言語化してもらうこと、そのために家庭裁判所調査官のケースワーク機能が重視されたと考えられる―

 わたしは06年ごろ、第2次少年法改正への動きを取材する中で伊藤さんと知り合った。いつもこちらの問いを受け止めつつ、問いとして意識されていない部分をも探って、答えようとしてくれた。それは調査官としての経験が生んだ姿勢だったのだと思う。言葉にできないものの中にこそ大切なことがある。

 ▽劣化する少年司法にとどめ刺すおそれ

 ベリタの連載は全体として、少年司法の劣化を剔抉(てっけつ)する内容となっている。例えば、2000年以降の家裁の変質について、6回目に次のように述べている。

 ―残念ながら、家裁調査官の調査を全国的・画一的に標準化しようとするあまり、少年や保護者との個別的な面接関係が置き忘れられた形で、中央からの調査方法が流布された面が少なくなかった。そして、筆者が抱いた政治や経済の不毛さに基づく要因への着目などは想定外のこととされていた―

 伊藤さんは直接の出会いと交流を何よりも大切にした。その一方で、子どもを取り巻く家庭や学校、職場環境の厳しさは、政治や経済の不毛に深い淵源を持っていることを鋭く洞察していた。少年の過ちをひとり少年にのみ帰責せず、社会構造の中で捉え、そのうえでもう一度、現実の制約の中に立ち戻って、個別の解決を探っていたのだ。

2019年9月、少年法改正に反対する声明書を法相らに提出した後、記者会見する伊藤由紀夫さん(中央)

 その伊藤さんから見て、このたびの少年法改正は許し難い逆行であった。死去から10日後、5月15日に刊行された『18・19歳少年は厳罰化で立ち直れるか』(現代人文社)の編著者を務めた伊藤さんは、論文で改正案の現実把握の甘さを厳しく批判する。

 ―(今回の改正案は)こうした18・19歳の実態、ある面で被害者性を抱え込んだ加害少年という実像を捨象した思考に陥っている。(中略)我が国では経済格差と教育格差は拡大の一途である。前記した子どもの貧困や被虐待の他、自殺、イジメ、引きこもり、不登校等の問題も改善を見ていない―

 これについては、厳しい環境にあっても非行に走らず、問題行動も起こさず、社会に適応して生きている少年もいるという反論がある。そこからは「非行化したのは少年の自己責任である」という結論が導かれる。

 同書における伊藤さんの再反論は次のようなものだ。いつも笑顔を絶やさなかった伊藤さんが、烈火の如く怒っている。

 ―(そうした自己責任論は)自己肯定感を育めず、自己否定の地獄に陥っている少年を、さらに幾重にも地獄に突き落とすものであり、非行臨床に関わる者には許されない発言である―

 劣化し続ける少年司法の現場に、少年法改正はとどめを刺すことになりかねない。伊藤さんはその危険を直視していた。

 ▽児相・家裁こそネットワークの中心に

 だが伊藤さんは、少年司法や家裁を現状のまま、ひたすら守ろうとしたのではなかった。先のベリタ連載最終回の終盤で、次のように提言している。

 ―様々な問題を抱えた一人ひとりの子ども・少年に対し、掛け声だけでなく、医療、福祉、教育、司法等の専門家や民間ボランティアが個別具体的な救済のためのネットワーク態勢を作ることが急務である。その中心的な役割、様々な社会的機関との連絡調整能力を如何なく発揮すべきなのは、やはり児童相談所や家庭裁判所ではないかと思われる―

 戦後の家裁が重視してきたケースウォーカー機能を再評価し、一層、充実させなければ未来はない。そう考えていた。そして、連載をこう結んだ。

 ―日本社会の将来を担うのは間違いなく子ども・少年であり、上から目線の改革や変革圧力、現在の枠組みを維持するだけの小手先対応、個人責任論による社会的排除ではなく、今すでに広く存在している民間ボランティア等を底辺から支援し、繋ぎ直し、子ども・少年の在り方を支える社会的体制を創り出す必要があると考える―

 伊藤さんは子どもや若者を大切にする社会体制を構築したいと考え、実際にそのような活動を続けた。ところが今回の少年法改正は、政治家や官僚、一部の学者が主導して、問題を抱えた子どもや若者を見捨て、排除する方向を目指しているように見える。

 どこまでも少年たちの立場に寄り添って、現場から危機を訴え続けた伊藤さんの声に、今こそ耳を傾けなければならないと思う。

2019年5月22日、衆院法務委員会で少年法改正について参考人として意見を述べる 伊藤由紀夫さん

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