ポケット時刻表が相次ぎ廃止、なぜ? 「鉄道なにコレ!?」(20)

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

西日本鉄道のポケット時刻表廃止を知らせる張り紙=3月14日、福岡市の西鉄福岡駅

 小田急電鉄や名古屋鉄道などの大手私鉄が今年のダイヤ変更を機に、それまで作っていたポケット時刻表を廃止した。ダイヤが変わる前になると駅に多く用意されるのが定番だったポケット時刻表だが、なぜ取りやめる動きが続いているのだろうか。また、ポケット時刻表は海外の鉄道にもあるのだろうか?(共同通信=大塚圭一郎)

 【ポケット時刻表】駅での列車発車時刻などを印刷した、ポケットに入るサイズの時刻表。多くの駅では両方向の発車時刻と、それぞれの平日ダイヤと土曜・休日ダイヤを記す必要があるため、横長の紙を折りたたんでポケットに収納できる大きさにしている。かつては大都市圏の鉄道会社の多くがダイヤ改定の際に作成し、駅ごとのポケット時刻表を無料配布していた。縦に何時台かを刻み、横軸に列車の発車時刻や、その列車の種別(特急、急行などの複数の種別がある場合)を記している。

 ▽新型コロナ禍が追い打ち

 「今回のダイヤ改正内容を反映した名鉄時刻表の発売およびポケット時刻表の配布はございません」。中京圏の大手私鉄、名古屋鉄道が今年5月22日にダイヤを変えることを発表した3月16日のニュースリリースにはそんな一文が盛り込まれた。

 1月31日にダイヤを変更した京阪電気鉄道、3月13日に変えた小田急電鉄と阪急電鉄、西日本鉄道がいずれも変更後のポケット時刻表を配るのをやめた。これらに続き、名古屋鉄道も配布を終えた。なぜ廃止する動きが続いているのか?

JR九州が3⽉13⽇のダイヤ変更の際、「壁貼り時刻表」と「ポケット時刻表」の配布取りやめを知らせるポスター=3⽉2⽇、北九州市の⾨司港駅

 スマートフォンが普及したことで列車時刻を調べられる鉄道会社のホームページや、目的地までの経路を検索できるアプリなどで調べる利用者が増えた。このためポケット時刻表はただでさえ需要が減っており、追い打ちを掛けたのが「新型コロナウイルスの流行で業績が悪化し、経費を減らす必要が出た」(大手私鉄関係者)という事情だった。

 小田急電鉄の2020年度のグループ全体に当たる連結決算で、最終的な損益を示す純損益が398億円の赤字に陥るなど、各社とも純損益が赤字に沈んだ。爪に灯をともすような経費削減にいそしむのは仕方がないのだろう。

東京・新宿の超高層ビル群をバックに走る小田急電鉄の1000系=2018年7⽉、東京都渋谷区(筆者撮影)

 ▽JR九州の“お得”時刻表も消滅

 3月13日にダイヤを変更したJR九州は、「これがタダでいいの!?」とのけぞってしまうような“お得”時刻表の配布を取りやめた。

 それは名称こそ「ポケット時刻表」だが、九州新幹線と管内の在来線の時刻表を網羅した立派な冊子だ。九州では、1987年に分割民営化する前の旧日本国有鉄道(国鉄)時代からこの冊子が無料で配られてきた。JR九州が発足後も作製を続け、前回の2020年3月のダイヤ変更では約23万部を作って駅で渡していた。

JR九州が2020年3⽉14⽇のダイヤ変更で作成したポケット時刻表

 最終号となった前回のダイヤ改正時の表紙は上部に黒文字で「時刻表」および英語表記の「TIME TABLE」とシンプルに記し、その下には九州7県を巡る観光列車「36ぷらす3」の外観イラストを描いていた。

 交通新聞社が発行している「JR時刻表」が定価1205円で販売されているのに鑑みると、JR旅客6社のうち1社の時刻を網羅しているので200円程度で売ってもいいのではないかと筆者は内心思っていた。ただ、無料で配ってきた物を有料化すると利用者の反発は必至のため、配布を続けてきたようだ。ところが、JR九州の20年度連結決算の純損益が189億円の赤字に転落し、経費削減のため打ち切られた。

 JR九州は、壁に貼ることができる大型の駅時刻表の配布も終了。利用者に対し、「JR九州のホームページの駅別時刻表でご確認をお願いします」と呼び掛けている。

JR九州が2020年3⽉14⽇のダイヤ変更で作成したポケット時刻表

 ▽愛好家垂ぜんの逸品の行方は

 同じく九州を走る大手私鉄、西日本鉄道は今年3月13日のダイヤ改定でポケット時刻表の配布を終えた一方、鉄道愛好家らから「あっちは残してほしい」との強い要望が聞かれた逸品がある。それは沿線以外を含めた愛好家の垂ぜんの的となってきたダイヤグラムだ。

 ダイヤグラムは列車の運行計画を図表で記しており、運転士や車掌といった鉄道員の必携アイテムとなっている。ところが、西日本鉄道は福岡県内の主に西鉄福岡(福岡市)―大牟田(大牟田市)を走る天神大牟田線で折りたたみ式の小型ダイヤグラム「西鉄電車時刻表 天神大牟田線ダイヤグラム」を作成し、駅で無料配布するという大盤振る舞いをしてきた。

西日本鉄道が2019年3月23日のダイヤ変更で作成した天神大牟田線のダイヤグラム(左)と、21年3月13日の改定で作ったダイヤグラム

 駅での列車の発車時刻を記しているポケット時刻表と異なり、ダイヤグラムは縦軸に駅名、横軸に時間を記し、運行する列車のスジを斜線で引いている。それだけのため、列車が発車または通過する具体的な時刻を一目で把握するのは難
しい。

 だが、例えば特急列車に乗るとどの駅で普通に乗り換えられるか、あるいは

普通が後に出発する急行よりどの駅まで先に到着するかなどが一目で分かる。このため、ダイヤグラムを見ながら目的地までどの電車に乗ればいいのか、またはどの駅で乗り換えればいいのかを把握できる利点がある。

 ▽使いこなせるのは“啓蒙”の効果?

 ダイヤグラムを使いこなすには読み方を知っている必要があり、一般利用者がどこまで使いこなせるのかが見えにくい面はある。ところが、西日本鉄道では長年配って“啓蒙(けいもう)”してきた効果で「西鉄天神大牟田線の駅や電車内ではダイヤグラムを開き、どの電車に乗るのかを調べている人を見かける」(地元住民)というから驚きだ。

 ダイヤ改定を機に「西鉄電車時刻表 天神大牟田線ダイヤグラム」の無料配布も終わったが、西日本鉄道は根強い人気があるのに着目。3月13日のダイヤ改定でも作成し、1部200円(税込み)に有料化して西鉄福岡、西鉄二日市(筑紫野市)、西鉄久留米(久留米市)、西鉄柳川(柳川市)の4駅で売り出した。

西日本鉄道のステンレス製車両3000形=19年9⽉、福岡市(筆者撮影)

 無料配布していた前回ダイヤ改定の表紙には最新型車両9000形の写真だけが載っていたが、改定後は9000形に加えて3000形も掲載されるようになった。西日本鉄道はダイヤ改定時に平日夜に帰宅する通勤客が確実に座れる有料座席列車を導入し、西鉄福岡から大牟田まで走らせることを検討していたが、新型コロナウイルス流行に伴う利用者減少を受けて見合わせた。有料座席列車には「3000形を使うことを考えてきた」(幹部)だけに、運行開始の可能性もにらんで表紙に写真を載せたのだろうか。

 ▽海外の鉄道事業者は配布?

 このように日本では消滅が相次いでしまったポケット時刻表だが、海外の鉄道には存在するのか?筆者が現在住んでいる米国には同様の時刻表を無料配布している鉄道事業者があり、その一つが首都ワシントンと主に隣接するメリーランド州をつないでいるメリーランド州運輸局所管の近郊鉄道「MARC」だ。

 MARCには3路線あり、これらの路線は全米鉄道旅客公社(アムトラッ

ク)やワシントンの地下鉄「ワシントンメトロ」のレッドラインなどが乗り入れ

るワシントンの玄関口、ユニオン駅を発着する。ウェストバージニア州と結ぶブランズウィック線、メリーランド州の最大都市ボルティモアなどにそれぞれ向かうペン線、カムデン線がある。

ディーゼル機関⾞が客⾞を引いているMARCブランズウィック線の列車=4⽉13⽇、米メリーランド州(筆者撮影)

 時刻表はこれらの路線ごとの計3種類があり、MARCの駅では原則として3路線全ての時刻表を配っている。いずれもたたんだ状態で縦21・2センチ、横9・2センチと縦長のため、背広のポケットに入れると上の部分がはみ出るような大きさだ。表紙には各路線の名称と駅名、駅で接続する鉄道やバスの名称などを記しており、主要路線のペン線は用紙を六つ折り、ブランズウィック、カムデンの両路線はそれぞれ紙を四つ折りにしている。

 ▽平日以外のダイヤは?

 MARCの時刻表を開けると、左側に駅名を縦に記し、横に列車と発車または到着の時刻を記載している。ペン線とカムデン線は上部にワシントンから近郊へ向かう列車のダイヤ、下部に近郊からワシントンへ走る列車のダイヤを書いているが、ブランズウィック線は上下逆の順番で記している。ポケット時刻表を配ってきた日本の大都市圏を走る鉄道会社に比べると本数が少ないのは明白だ。このため路線ごとの時刻表を作製でき、駅ごとに作るのに比べて手間を省ける。利用者は使う路線の時刻表を1部持っていれば、全ての列車の運転時刻を確認できる、はずだ。

MARCの駅で配られている3路線の時刻表=2⽉23日、米メリーランド州(筆者撮影)

 ところが、ブランズウィック、カムデンの両路線の時刻表を開いても「月曜から金曜」、「月曜から金曜のみ」とそれぞれ記した平日ダイヤを紹介しているだけで、土曜や休日のことは一切触れていない。また、一部の駅の時刻には、ひと目では何を指しているのか分からない英文字が添えられている。

 この時刻表の背後には、世界一の経済大国の首都圏で政府関係者らの通勤を支えている鉄道とは思えないような牧歌的な運行体系があった。次回は時刻表の中身をひもときながら、信じ難い米首都圏の通勤列車の“素顔”をご紹介したい。

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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