ジェンダー・ギャップ、宗教観からみた現状を変えるヒント 世界の潮流と120位の日本の行方

「沈黙は暴力」と書かれたプラカードを掲げる女性権利団体のメンバー=2020年11月、イタリア・トリノ(ゲッティ=共同)

 3月末に世界経済フォーラム(WEF)が発表した「ジェンダー・ギャップ指数2021」では、日本は156カ国中120位の評価であった。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(当時)の女性蔑視発言の直後だったこともあり、例年に増して注目を集めた。

 WEFが提示している問題の根源をたどると、個人の権利を重んじて、女性の権利を擁護しようとする「啓蒙(けいもう)思想」と、伝統的な女性観(キリスト教圏であれ、イスラム圏であれ、儒教圏であれ)とのせめぎ合いに行き着くのではないだろうか。そこから、日本の現状を変えるヒントを考えてみたい。(文明論考家、元バチカン大使=上野景文)

 ▽「伝統主義」対「啓蒙思想」

 WEFのリストを大ざっぱに、4層に分けて、俯瞰(ふかん)しよう。

 男女格差が最小で、上位にあるのは、世俗主義、すなわち脱宗教色が強い北欧などの国(A群)だ。次の層で目立つのは、米国を含め、まだ厚い信仰心が残る欧米や中南米の国(B群)だ。

 第3層は、儒教圏、東アジアの国々(C群)、ならびに東南アジアのイスラム国(D群)だ。第4層(男女格差は最大)は、サウジアラビアなど中近東の保守的イスラム国(E群)が中心だ。

 サウジなど保守的イスラム諸国が第4層であることに異論はないだろう。それら諸国は、宗教儀礼でも、公教育でも、今日なお、男女は「隔離」されている。  ただ、思い起こしてほしい。A~C群の国々も、数十年から数百年前までは、男女別々の隔離主義が基本で、今日のサウジと変わるところはなかった。

 では、A~C群諸国は、どのようにサウジ的なものから別れたのか。彼らは、男女平等をうたう啓蒙思想からの攻勢を受け、伝統主義が後退したのだ。

 宗教や教育の場に絞って、詳細を見ていこう。

 まずA群の国々は、啓蒙思想の本場であったことから、18~19世紀以降、男女の隔壁は他に先駆けて漸次低減していった。同群は、かつてはプロテスタント色が強かったが、現在では世界で最も信仰心が薄いとされる国が多い。脱キリスト教化を進める中で、伝統的な女性観を捨て、女性の権利にこだわる啓蒙思想を取り入れていった。

 B群の国々は、A群と似た軌跡を歩んだが、A群より伝統主義が強く、半世紀から1世紀の遅れがあった。B群には、米国も含まれるものの、カトリック国が多い。

 20世紀半ばまで、ローマ教皇は「ミサであれ、学校であれ、男女がミックスされることは望ましくない」と説いてきた。当時のカトリック教会では、教会堂に入ると、左側に女性席、右側に男性席が設けられ、男女は隔離されていた。もっとも、1920~30年ごろになると、教育現場では、教皇の発言にあらがうかのごとくに、共学化が進み、隔壁は崩れ始めた。

 儒教圏(C群)での女性の位置付けは、宗教こそ違うが、カトリックと同様に保守的だ。啓蒙思想の影響による男女間隔壁の低減は、B群同様、比較的最近のことである。日本の公立教育現場での「共学」開始は戦後になってのことだ。

 最後にイスラム圏。サウジなど保守的なイスラム諸国(E群)は、啓蒙思想の受容に極めて消極的であり、教育・宗教の両面で男女間の隔壁はなお堅固である。

 タリバンのように、教育から女性を排除する勢力すらある。一方、同じイスラム圏でも、インドネシアなど東南アジアの国(D群)は、E群とは違い、公立学校で男女共学を取り入れている。中東に比して世俗化が進んでいる。

マレーシア・クアラルンプールで、女性の権利向上を求め行進する女性ら=2020年3月(ロイター=共同)

 ▽現下の課題

 過去1~2世紀を振り返れば、教育面・宗教面については、多くの国で人々の意識は大きく変わり、男女間の隔壁は低下してきた。100~150年前の常識は、E群を除き、今日では通用しない。

 A群ではスウェーデンを除く北欧4カ国、ドイツ、ニュージーランドなどで、女性が首相を務めている。また、欧州の上場企業における女性役員比率は、多数の国で30~50%となっている(日本は5%)。

 カトリック色・保守色が濃いと言われていたアイルランドやスペインなどのB群諸国も近年変貌を遂げた。

 アイルランドでは、1990年以来21年にわたり女性が大統領を務めた。スペインでも、2018年に成立した社会労働党政権では17人の閣僚のうち11人が女性(女性比率は欧州でトップ)であった。米国では初となる女性副大統領が誕生した。

 ちなみに、この3国における「変貌」は、いずれも保守からリベラルへの政権交代期に起きている。

 C群でも、世代交代に伴い国民の意識は着実に変わってきている。台湾では女性の総統を出し、同性婚の合法化をアジアで初めて実現。韓国は、議会選挙で候補者の一定割合を女性に割り当てるクオータ制を採用している。

 男女間の隔壁は政治、行政、司法、ビジネス、専門職などの領域でいまだ根強いのは事実だ。それでも啓蒙思想からの挑戦は強まっているのである。

 ▽日本では?

 日本の保守派は概して、小津安二郎的世界によって表象される儒教的、伝統的心性を残している。「家庭での女性の役割」にこだわり、男女平等の深化には違和感があるようだ。

 日本で変革は進むのだろうか。今後を占う上で、カトリック圏の事例が参考となりそうだ。宗教的、文化的背景は異なるとはいえ、家庭での女性の役割という点では日本の保守派の考え方は、カトリック保守派と共通するからだ。

 カトリック圏のスペインやアイルランドで、ジェンダー間の隔壁が低減してきていることは先に述べたとおりだ。つい数十年前まで保守的と言われていた両国だが、啓蒙主義へと軸足が移っている。

 日本でも、若年層を中心にジェンダー問題への意識は高まっている。性被害などを告発する#MeToo運動や、選択的夫婦別姓を求める運動などは好例だ。こうしてみると、カトリック圏同様、ジェンダー問題がこの先、進展する可能性はある。

 カトリック圏との違いについても触れておきたい。

 欧米諸国では社会変革を図る際、異なる理念(イデオロギー)を真っ向から衝突させながら、均衡点を追求する。これに対し日本では、派手な衝突は避けつつも、相手の意向や内外の状況の変化をくみ取り、妥協のための空気が醸成されるのを待つ手法が、世代を超えて(保守派も啓蒙思想派も)、なお有力だ。

 折しも、国内では、この1~2年、司法、行政、立法、自治体、ビジネスなどの各場において、育休、事実婚、同性婚、LGBT、夫婦別姓、議会選挙女性クオータ制などの動き、議論が活発化している。

 つまり、国内の空気は少しずつだが、変化している。上述したような課題について、与党内で目に見える形で取り組みが始まったことは、その一つだ。与野党を含め、特に若手政治家がこの機運をうまく捉えることになるか、見守りたい。

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