民鉄のコロナによるマイナスは〝東高西低〟 アメリカでは人減らしをちらつかせて支援引き出す【コラム】

新型コロナの緊急事態宣言で閑散としたJR新橋駅前(写真:まちゃー / PIXTA)

今回は本コラムでは久々に、新型コロナによる鉄道業界への影響を考えます。最初の緊急事態宣言から1年余を経過した現在もなお、外出自粛やテレワークが呼び掛けられ、事業者に大きな打撃を与えるわけですが、ここでは極力論評を加えず、読者の皆さまに考えていただけるような客観的なデータを披露したいと思います。

さらに、後半はアメリカ政府の鉄道や公共交通支援策を紹介。運輸総合研究所がオンライン開催した、運輸政策コロキウム「新型コロナウイルス感染拡大下における米国の交通機関支援」での発表を基に、〝日米の交通文化比較論〟を読み物風にまとめました。

大手民鉄16社の2020年度利用客数は前期比3割減

民鉄協は会員各社による安心・安全確保に向けた取り組みをアピールします(写真:日本民営鉄道協会)

2020年度の鉄道各社の業績については、JRグループや私鉄各社の決算がまとまっています。論評も発表されているので、ここでは重複を避けて、日本民営鉄道協会が集計した「大手民鉄16社2021年3月期旅客輸送実績」から、要点を抜き出しましょう。

16社合計の利用客数(輸送実績)は73億2500万人で、2019年度に比べ30.2%減少しました。JRグループ発足の1987年度以後の最低値で、理由は改めて申し上げるまでもないでしょう。一つだけ比較データを挙げれば、日本航空(JAL)の2020年度国内線搭乗客数の対前年度比は66.5%減、ANAホールディングスは同じく70.5%減。同じ旅客輸送機関ながら、鉄道と航空の性格の違いが数字からは読み取れるはずです。

民鉄協加盟大手16社のうち、中部の名古屋鉄道と九州の西日本鉄道を除く14社を東西に分ければ、利用客数の前期比は関東9社31.5%減、関西5社26.2%減で、5ポイント程度ながら関東の方が落ち込みが大きい。理由を考察してみたくなるところです。

定期の落ち込みは東高西低、定期外は西高東低

定期客と、ICカードなどで乗車する定期外客の区分では定期26.7%減、定期外35.2%減。関東9社は定期29.2%減、定期外34.9%減、関西5社は定期18.4%減、定期外35.6%減。定期の落ち込みは関東が大きく、定期外は逆に関西が大きい。これまた様々な理由が考えられそうです。

定期、定期外を合わせた会社別の減少率は東武鉄道26.5%減、西武鉄道28.7%減、京成電鉄28.7%減、京王電鉄33.0%減、小田急電鉄31.4%減、東急電鉄32.1%減、京浜急行電鉄30.5%減、東京メトロ34.2%減、相模鉄道25.2%減、名古屋鉄道24.8%減、近畿日本鉄道25.5%減、南海電気鉄道25.6%減、京阪電気鉄道29.0%減、阪急電鉄26.0%減、阪神電気鉄道25.5%減、西日本鉄道25.5%減。

関東は3割以上減少した会社が京王、小田急、東急、京急、東京メトロと5社もあるのに、中部、関西、九州はゼロ。関東5社に共通する鉄道や沿線の性格に関しては、改めての説明は不要でしょう。

JR貨物は減収減益も黒字を確保

コロナ禍にあって存在感を増すJR貨物のコンテナ列車(写真:tarousite / PIXTA)

JR各社の決算や輸送実績は、既に報じられている通りで再掲を避けますが、ワンポイントだけ旅客会社と性格の異なるJR貨物の2021年3月期決算をみましょう。連結売上高1873億円、営業利益25億円、経常利益14億円、当期純利益8億円(いずれも1億円未満切り捨て)で、最終の当期純利益は前年度より8割以上減ったものの、黒字を維持しました。

JR貨物以外の物流事業者も、業績はますまずのようです。「物流にステイホームやテレワークなし。人が動きにくいコロナ禍の時代だからこそ、JR貨物は存在感を増した」ともいえそうです。

アメリカではオフィスは原則テレワーク、レストランは店内飲食禁止

アメリカからのネット中継で現状を解説する運輸総研の沖本主任研究員(筆者が配信画面のスクリーンショットを撮影)

ここから話題を変えて、コロナがアメリカの公共交通機関に与えた影響を探るとともに、日米の鉄道やバスに対する社会的な認識の違いといった視点でこれまでの1年余を振り返りましょう。アメリカの公共交通の近況に関しては、運輸総研が2021年6月3日にオンライン開催した勉強会スタイルの運輸政策コロキウムで、運輸総研ワシントン国際問題研究所の沖本俊太朗主任研究員がリポートしました。

アメリカでは、コロナ感染者数が爆発的に増加した2020年3月、トランプ大統領(当時)が緊急事態宣言を発出しました。主な項目は、オフィスは原則テレワーク、学校は2020年3月からほぼ1年間にわたり全面オンライン授業、レストランは店内飲食禁止など。さらに、10人以上の集会は禁止、商業施設は食料品部門を除いて休業と、「ロックダウン」と称される厳しい規制が敷かれました。

ロックダウン時、ワシントンDCの街角や学校から人影が消えました(画像:運輸総研 運輸政策コロキウムの発表資料から)

日本の鉄道利用客はアメリカの5倍

アメリカと日本の国土や公共交通機関の利用状況を比較します。人口はアメリカ3億3000万人、日本1億2500万人で、アメリカが日本の2.6倍、面積は963万平方キロと38万平方キロで、アメリカが日本の25倍。とにかく、アメリカは広い!!

交通機関の利用客数のうちバスはアメリカ50億人、日本43億人で、アメリカの方が少々多いものの大きな違いはなし。鉄道はアメリカ49億人に対し、日本252億人で、日本が5倍もあります。航空(国内線)はアメリカ8億1414万人、日本1億0187万人で、逆にアメリカが日本の8倍です。

データから読み解けるのは、国土が広いアメリカは、移動するなら航空機(データには出ていませんがマイカー移動も相当あるはずです)。鉄道が発達する日本と大きく異なる点です。

国の支援は日米ともに道路が中心

緊急事態宣言を受けた日米の鉄道利用客数の変化(資料:運輸総研 運輸政策コロキウムの発表資料から)

沖本研究員の発表資料に2020年1年間の鉄道旅客数の日米比較のグラフがあったので、再掲します。減少率の違いはあるものの、緊急事態宣言でガクッと下がったのは両国共通。コロナは人の動きを止めました。

次の円グラフは、アメリカ政府運輸省の2020年度870億米ドル(約9兆5400億円)の支出額の分野別内訳です。支出の6割は道路で、航空、公共交通(都市内のバスや地下鉄だと思います)が続き、鉄道は数字上は3%。ただしこれは連邦鉄道局単体の数字で、連邦公共交通局を合わせると一応必要な措置は講じられているようです。皆さんは、資料を見てどう感じますか。私は、「アメリカは日本のそっくりさん(本当は、日本がアメリカのそっくりさんなのかもしれませんが……)」と心の中で叫びました。

アメリカ政府運輸省の分野別支出額(2020年度) (資料:運輸総研 運輸政策コロキウムの発表資料から)

航空と公共交通を手厚く支援

残りスペースが少なくなってきたので、先を急ぎましょう。アメリカ政府は2020年3月と同12月、2021年3月の3回、コロナで落ち込んだ経済の立て直し策を出動しました。交通の分野別実績は別表の通りで、航空と公共交通を手厚く支援したことが理解できます。

コロナ禍を受けたアメリカ政府の運輸分野への財政出動(資料:運輸総研 運輸政策コロキウムの発表資料から)

沖本研究員によると、日本とアメリカでは公共交通機関に対する大きな基本認識の相違があります。日本の公共交通は原則、鉄道やバス会社がビジネスとしてサービス提供します。その点アメリカは、採算性は度外視。自治体が住民福祉の観点で移動サービスを提供する事例が多く、採算的にみれば赤字が当たり前です。

アメリカの場合、医療や福祉といったエッセンシャルワーカーにはマイカーを持たない(持てない)人も多く、政府の公共交通への手厚い支援も、社会福祉の一環として理解されているそうです。この辺、日米の交通をめぐる国情の違いが見て取れます。

人減らしや減便をちらつかせて政府の支援引き出す

最後に、思わず私が「う~ん」とうなってしまった話。さすが合理主義のアメリカ、理由はコロナだろうと何だろうと、交通機関の経営が悪化すると、すぐに人減らしの話題が出るそうです。たとえ人は減らさなくても、ダイヤは減便します。

例えば、首都の交通を受け持つワシントンDC交通局(WMATA)は2億米ドル以上(約219億円)の収入欠損があることを理由に、地下鉄やバスの減便、地下鉄駅の廃止などを検討したそうです。これにあわてた議会は、世論にも押される形でWMATAへの支援強化を決議しました。

日本では、「コロナによる減収で地方路線が維持できない」という話が鉄道事業者の会見などでチラホラ出ているようですが、まだ正式な見解表明はない。日米の交通文化の違いというか、私はある意味できまじめな日本の鉄道事業者にエールを送りたいような気持ちになりました。

文:上里夏生

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