「命かけて闘ってきた人生を傷つけられた」 井岡一翔、ドーピング騒動を語る

インタビューを受ける井岡一翔

 昨年末の試合でのドーピング検査で違反の疑いをかけられた世界ボクシング機構(WBO)スーパーフライ級王者の井岡一翔(32)=Ambition=が共同通信のインタビューに応じ、騒動が与えた心身への影響などを語った。(共同通信=伊藤貴生)

 ▽人生で初めての不安

 ―統括団体の日本ボクシングコミッション(JBC)から違反なしと認められたのが5月19日。現在の心境は。

 潔白が証明できて良かった思いと、直接謝罪のないJBCの対応でずっともやもやしている。ボクシングではプレッシャーなど肉体的、精神的なことを乗り越えてきたが、今回は自分ではどうすることもできないこと。人生で初めての不安を味わった。

 ―体調面に変化は。

 違反をしてない自分の感覚と世の中で起こっていることの矛盾で、ひどくストレスを感じた。睡眠の質が悪くなって、練習の疲れが抜けない。何かに追われている嫌な夢を見ている。

 ―やってないことを証明する難しさに直面した。

 ないものをあるとする世の中は生きる価値がないと思う。そうはならないという自信はあった。ただ煮えくりかえるというか、入浴中なども、ずっとこのことばかり考えていた。

 ―のちに偽陽性だったと判定されたが、1月の簡易検査で尿検体から大麻成分が検出されて4月に警察の聴取を受けた。

 警察の方が来られて、テレビの画面でしか見たことがないような状況が自分の家で起こっていた。警察に行って、その日のうちに家に帰れるか分からず、牢屋(ろうや)に入れられるのかなと考えたりもした。

 ―捜査にも協力して3日後に警察から問題なしと告げられた。

 つきっきりで見られている前で尿を採って、検査されて何もないとなった。多くの方に迷惑や心配をかけたと思っていたら、4月下旬に週刊誌の報道が出た。普通じゃないことが起きていると思った。

2020年大みそかの試合で勝ち名乗りを受ける井岡一翔

 ―不手際により、輝かしいキャリアが一瞬でも疑いの目で見られることになった。

 シンプルに、どうしてくれるだろうと思った。現役なので振り返る時でもないが、やってきたことを侮辱されて、命をかけて闘ってきた人生を傷つけられた。つらかった。

 ▽最低限の責任と変革を

 ―JBCの体制に不信感は。

 コンディションが悪くてもプロなので試合に向けて体を整え、勝つために試合に臨む。ただ、このままJBCが試合を管理するとなると精神的な負担の方が大きい。大げさじゃなくて、このままだったら信用できないので試合はできない気持ちが強い。

 ―JBCにどのような変革を期待するか。

 僕の人生が終わりかけた。そういうことを考えて、最低限の責任を感じてもらいたい。選手が安心してボクシングに集中できる環境を提供できるように努力しますという、変わったことの証明がないと、これから試合はできない。予備検診や計量など世界戦ではJBCの関与が不可欠だが、なんで自分の試合に普通に携わっているのかなと、試合のためとは別の感情が芽生えてしまう。早く体制を整えて、JBCと井岡一翔との気持ちの温度差を理解して、なくしてもらえれば、対応も分かってくれると思う。正直、許すことはできないけど、しっかり行動にうつしてもらいたい。

 ―精密検査での大麻成分検出は偽陽性であることが導き出された。覚醒剤と結びつけられやすい興奮作用のあるエフェドリンの検出はずさんな管理による検体の腐敗の影響とされた。検出濃度は、違法はおろか、ドーピング違反の1万分の1以下とデータが証明した。

 数値的にも全く違法ではなく、ドーピング違反でもなかった。それなのに警察に通報され、誤った事実をマスコミに報じられ、世間に誤解されて誹謗(ひぼう)中傷を受けた。

潔白が認められ記者会見する井岡一翔

 ―この騒動から今後に生かせることがあるとすれば。

 自分と向き合う時間が増え、感性、感覚は広がったと思う。プラスに考えれば精神的に大きく、強くなっていくことができる。これも時代を切り開く、変えていくきっかけになると思う。そこに意味を見いだしたい。今後の明るいボクシング界のために。

 ―4回戦に出場しているデビュー直後の選手たちが、より深刻な状況に追い込まれた可能性があった。

 潔白を証明できずに終わっていたかも。自分だから耐えられたし、周囲のサポートを受けて立証できた。同じような悲劇がほかの選手に起きないようにやっていくことを考えていきたい。

 ▽貪欲さ持ってやっていくだけ

 ―日本男子初の世界4階級制覇など地位を確立している。今後のビジョンは。

 目の前の試合とか近い未来を想像して行動する。あとどのくらい強くなれるか、どこまでいけるのか、というのは僕も未知の部分がある。井岡一翔だからこれができている、唯一無二だと思ってもらえるようにやっていきたい。

2020年大みそかの試合で田中恒成を攻める井岡一翔

 ―ボクサーとして円熟味を増している。理想像に近づいているのでは。

 いい形になってきている。もっと質を上げたり、深めたり、いろんな角度から探っていきたい。完成形とかはない。現役では常に挑戦で貪欲さを持ってやっていくだけ。どこまで続けられるかは自分だけで決められることではない。もしかしたらこの前の試合が最後だったかもしれない。自分のなかで成長の伸びしろをどこまで感じられるかどうか。まだ成長できる、強くなれることを証明したい。

 ―WBO2位との対戦指令も出ている。今後の計画は。

 次は交渉中だが、もうそこと闘うしかない。統一戦など、自分が進みたい方向に行こうと思ったら指名試合を受けないといけない。

インタビューを受ける井岡一翔

 ―世界ボクシング協会(WBA)と世界ボクシング評議会(WBC)で王座を持つファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)らスターぞろいのスーパーフライ級で鍵を握る存在の1人。

 いろんな選手を見ているが、結局は僕かエストラーダか。パウンドフォーパウンド(PFP)のランキングに入っているのも2人だけ。ほかの動きは関係なく、エストラーダと闘ってこの階級でどっちが最強か決めよう、というのが希望。

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