工藤静香「嵐の素顔」ダンサブルなロックナンバーにして自分の素顔を取り戻す物語 アイドル四天王のひとり工藤静香、時代の転換期にトップに君臨したアイドルたちの軌跡

初めから順風満帆だった工藤静香のアイドル人生

80年代後半に活躍したアイドル四天王のうち、ソロデビューが一番遅かった工藤静香には、大きなアドバンテージがあった。それは、おニャン子クラブのメンバーとして、またユニット「うしろ髪ひかれ隊」の一員として、デビュー前から人気を獲得していたことだ。

1987年8月に発売されたデビュー曲「禁断のテレパシー」は、当たり前のようにオリコン初登場で1位を獲得。おニャン子クラブ解散後も、ソロデビューした他のメンバーが失速するのを横目に人気を高め、出すシングルの売上も右肩上がり。翌年には作詞家に中島みゆきを迎え、化粧品CMとタイアップした「MUGO・ん… 色っぽい」が大ヒット。レコード大賞候補にノミネートされ、紅白歌合戦への初出場を果たす。おニャン子クラブ加入前の下積み時代(アイドルグループ「セブンティーンズクラブ)はあったが、工藤静香の歌手活動は順風満帆だった。

バブルの波に乗じてヒットを連発

そんな工藤の全盛期は、昭和から平成へと年号が移った1989年に訪れた。この年に出したシングル3曲が、年間売上ベストテンに入る大ヒットを記録したのだ。折しも日本はバブル景気の真っ只中。年末には日経平均株価が史上最高値を記録し、土地の価格が高騰しまくっていた。そんなバブルの波に乗じて、工藤もヒットを連発した(偶然にも、バブル景気の期間は工藤がヒットしていた時期とほぼ重なる)。

その波が一段と高まるタイミングで発売されたのが「嵐の素顔」だ。この曲は前作「恋一夜」から一変して、ダンサブルなロックナンバー。工藤自身も、当時流行っていたディスコのお立ち台で踊るように、腰をクネクネ動かしながらノリノリで歌った。特にサビのリズムと歌詞が印象的で、顔の横で手を縦横に動かす奇抜な振り付けも話題になった。工藤のシングルの中でも認知度が高い一曲と言えるだろう。

… という概論はここまでにして、ここでは「嵐の素顔」の歌詞に注目したい。この曲はリズムや振り付けの印象が強いが、歌詞も凝っている。しかも、バブル期の世相を比喩的に表現しているようなのだ。

凝った歌詞から紐解く「嵐の素顔」の世相と心情

今思えば、バブル時代は誰もが“背伸び” をしていた。自分を良く見せようと見栄を張るのが普通だったし、身の丈に合わないローンを組んで高級マンションを買うのがステイタスだった(そして、バブル崩壊とともに莫大な借金を背負った)。 日本経済の成長神話を誰もが信じて疑わず、実体がないお化けに日本中が背伸びをさせられていた時代だった。

この曲の主人公も、そんな背伸びをした女性。曲が始まると、短いイントロを挟んで印象的なサビが歌われる。

 嵐を起こして すべてを壊すの…

おそらく中高年世代の多くが、このフレーズだけは歌える気がする。それくらい、サビのインパクトは強かった。続くAメロは、唐突に男性の言葉から始まる。

 君は素敵だから 一人で平気さ
 明日になれば また新しい
 恋に 出逢えるだろ…

素敵だと思うなら別れるなよと突っ込みたくなるが、別れの台詞にしては残酷だ。おそらく男性は、女性は強いから立ち直れると思ったのだろう。しかし女性は、強い女を演じていただけだった。

 強い女気取る くせがついたのは
 みんなそうあなたのせいよ
 少し背伸びしてた

男性との良好な関係をキープしようと、女性は無理に自分を強く見せていた。そのうちに、強い女の演技がくせになっていた。しかし、それが別れの言葉に利用されてしまう。悲劇としか言いようがない。

背伸びをして演じた自分、その要因は “心細さ”

男性から最後通告を突きつけられた女性は自暴自棄になり、すべてを壊したい心境に駆られる。といっても破壊行為などできず、人差し指を空に向けて銃爪を引く真似をしたり、街をフラフラとさまようしかない。そのうちに、誰でもいいから抱きしめてほしいとまで思い詰める。

その時、ふいに頭上をかすめてジェット機が飛んだ。ここで女性は、心細さを隠そうとして強い女を演じていたことに、初めて気付く。そして、自分の中の心細さを自覚して(集めて)、リセットした(ほうり投げた)。その時、泣きたい感情が目覚める。

 子供の素顔で 泣きたい夜なの  心細さを集めて 空にほうり投げた  明日など いらないわ…

それまでは強い女の仮面を付けていたので、泣くにも泣けなかった。しかし、心細さがなくなり仮面が不要になった今は、子供のように感情のまま泣きたくなった。素顔の自分を取り戻した瞬間だ。そして、この再生の物語はエンディングを迎える。

タイトル「嵐の素顔」の意味するものとは?

 嵐を起こして すべてを壊すの
 嵐を起こして 素顔を見せるわ

ここまで来ると、“嵐” とは強い女を演じてきた自分を壊して、本当(=素顔)の自分を取り戻す比喩だとわかる。嵐という痛い経験によって女性は我に返り、心のままに生きようと決意した。それがこの曲の主題であり、タイトルに“素顔” を付けた理由ではないか。そう解釈すると、バブルに浮かれて身の丈を忘れ、心細さを隠すように背伸びを続けた当時の日本人に警鐘を鳴らす曲のように思えてくる。

ちなみに、この時の工藤は19歳。ルックスでは背伸びをしていたが、言動では気取らず、おちゃらけた子供っぽさも見せていた。そうした気取らなさが工藤の魅力となり、”一人で平気さ”なんて言わせない人気につながったと感じるのは、私だけだろうか?

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