交通費助成「ICカード制の波紋」 高齢者に酷、煩雑さ不評

長崎市は本年度、70歳以上の市民を対象にした「高齢者交通費助成事業」について紙券からICカード乗車券に変更した(写真はイメージ)

 4月7日朝。長崎市高齢者すこやか支援課の電話は開庁前から鳴り続けた。「制度がよく分からない」「『紙券』の方が良かった」。市役所の臨時窓口にも市民が殺到。一時的に「密」の状態となり、職員が対応に追われた。
 「日中の通常業務ができないほどだった」と担当者は振り返る。
 原因は交通費助成制度の変更だ。市は、70歳以上の高齢者を対象にバスや路面電車などの交通費を年間5千円助成しているが、本年度、バスと電車の助成の方式を紙券からICカードへのポイント付与に切り替えたのだ。
 市は「利便性向上のため」と理由を説明するが、一部の高齢者の間に「不便になった」と不満の声がやまない。
 2019年度の利用券(紙券)の発行人数は3万8715人。新制度に移行してからの登録者数は4月28日時点で約2万9千人にとどまる。19年度と比べ、約1万人がまだ登録していない計算になる。

 一部高齢者の間で不満の声が出ている長崎市の高齢者交通費助成事業。「高齢者の外出のきっかけづくり」を目的に1980年度にスタートし、事業の趣旨は今も変わっていない。
 市によると、2020年度末時点での助成対象者は約9万1千人。9割以上の約8万5千人がタクシー、バス、路面電車などで利用した。昨年度までは「紙券」(約5千円分)。130円の42枚つづりか、100円の55枚つづりのどちらか1冊を支給していた。
 ただ、紙券を出すのに手間取って降車が遅れたり、転倒して車内事故が発生したりするケースがあり、市民から市に対し「車内で紙券の準備は危ない」「(助成方法を)ICカード乗車券にしてはどうか」などの声が寄せられていた。
 これに加え、近年、ICカード乗車券が普及。長崎自動車(長崎バス)の運賃精算の85%がカード-とのデータもある。市からすれば「利便性向上」のため、助成方法を変更するための素地は整っていたと言えなくもない。

☆「分かりにくい」
 新制度で必要となるのが「エヌタスTカード」か「nimoca(ニモカ)」のいずれかのカード。既に持っている人は新たに購入する必要はない。年間助成額は5千円で従来と同じ。ただ大きく異なるのが、利用後にポイントで付与される点。このため実質的には「先払い」となる。
 バスや電車を利用するたびにカードに運賃と同額のポイントがたまっていき、これを電子マネー(上限5千円)と引き換えることができる。期限内であればいつでも可能。ただ交換するには、専用の交換機や窓口がある場所に足を運ぶ必要がある。バスや電車の中で交換はできない。
 長年、紙券を使い慣れた市民からはこの「煩雑さ」が不評を買っている。取材した高齢者は「わざわざ交換機まで行くのは足が不自由な高齢者には酷だ」「面倒で、外出する気がうせた」などと落胆を隠さない。「カードに5千円分入金してもらえる」と誤解している市民もいる。

ICカード乗車券を使った助成の流れ

☆不正使用を防止
 それぞれのカードに事前に入金できれば一番すっきりしそうなものだが、それができない事情がある。一つは、カード会社のシステム変更に多大な費用が掛かること。加えて、カードはコンビニをはじめ交通機関以外でも利用できるため「交通費助成の趣旨に沿わない」と市は説明する。要は「不正使用」の防止だ。
 同市福田本町の無職、奥村佳代子さん(79)は「『ありがたい』と思って紙券を使ってきた」と感謝しつつも、「他で(不正に)利用しようなんて思わない。市民を信用していないのが悲しい」と嘆く。

☆抵抗は当たり前
 こうした市民の反応について、田上富久市長は5月の定例会見で「分かりにくさ、あるいは誤解を招く部分があった」とし「説明する場を増やし、理解して慣れてもらえるまで努力を続ける」と述べた。
 6月16日の定例市議会教育厚生委員会でもこの件が取り上げられ、委員から「説明をして、時がたてば理解してもらえるという話ではない。制度の見直しが必要」「使用後の市民の声を検証してほしい」などと指摘や注文が相次いだ。
 市高齢者すこやか支援課の担当者は「4月、5月に(市民を)混乱させてしまい、制度理解への努力ができたか、反省すべきと思っている」と陳謝。「紙媒体だけでなく、映像なども使って理解していただけるようにしたい」とした。
 ユニバーサルデザインなどが専門の長崎総合科学大の橋本彼路子教授(59)は「(市民の間で)抵抗があるのは当たり前。助成制度を利用するのは70歳以上の高齢者。市は、利用者の意見に真摯(しんし)に耳を傾け、より良いシステムづくりを目指す必要がある」と指摘している。


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