大宅賞作家・森功氏の原点 「新潮社の天皇」から脈々と引き継がれた“新潮ジャーナリズム”

様々なジャンルに鋭い視線で取材に当たる森氏

【直撃!エモPeople】かつて「週刊新潮」144万部、「フォーカス」200万部という驚異の発行部数だった時代があった。その老舗出版社で「新潮社の天皇」と呼ばれ、大作家にも恐れられた人物がいた。一般的には知られていない伝説の編集者は、のちに“新潮ジャーナリズム”と呼ばれる編集方針を残し、脈々と引き継がれてきた。著書「鬼才 伝説の編集人齋藤十一」をまとめたのが元週刊新潮編集部次長の大宅賞作家・森功氏(59)だ。ノンフィクション作家活動へのこだわりを聞いてみた。

2002年まで在籍した「週刊新潮」で森氏は15人の編集部員を配下に抱える次長デスクだったが“天皇”とは数回、あいさつをしただけで、言葉も交わしたこともなかったという。

齋藤十一――。1935年に入社後、60年以上にわたり社内に影響力を持った「新潮社の天皇」は存在そのものが伝説だ。戦後、文芸誌「新潮」編集長として太宰治、山崎豊子、松本清張ら大作家からも畏怖され、56年に「週刊新潮」、81年に写真週刊誌「フォーカス」などを生み出し大ヒットさせ、00年12月にこの世を去った。

フォーカス創刊を企画した際、齋藤は「お前ら、人殺しの顔が見たくないのか」と語ったと伝えられたが、森氏が得た証言では「人間は生まれながらにして死刑囚だろ」だったという。

「齋藤さんは『週刊誌で文学をやりたかった』と自ら見出しを考えた。取材経験はないが、文学とジャーナリズムの垣根はなく、俗物としての視点で世の中がどう動いているかを分析した人。出版社系週刊誌では初の週刊新潮を創刊した際、文壇スキャンダルを掲載して始まった週刊誌報道が今も“カネ・女・権力”で社会にインパクトを与えているのもその流れ。齋藤さんは人間は美しいものではなく、欲望の塊でそれを体裁よく抑えて生きている。その欲の部分をすくい取らないと生身の人間は描けないという考えだった」(森氏)

週刊新潮の記事は文学的な表現や、疑惑の段階で報じる手法が特徴だ。森氏は「それくらいの週刊誌報道の自由度があっていい」とこう語る。

「いわゆる“藪の中スタイル”。結論を曖昧にすると受け止められがちですが、そうではない。モノ書きは当事者ではなくあくまで第三者。どこまで取材しても真実にたどりつけない、ある種の自覚と謙虚さが必要。物証が足りなければ証言で補い、どこまで真相に迫れるか。読者が藪の中にある真相を感じ取れる手伝いをする。それが週刊誌報道の真骨頂なのでは」

その文体は創刊当初に齋藤からアンカーマンを依頼された前衛作家・井上光晴から受け継がれてきた。瀬戸内寂聴との恋愛で有名になった人物だ。のちに新潮ジャーナリズムとも呼ばれる信念は物議も醸した。

フォーカスは97年、神戸連続児童殺傷事件で逮捕された少年A(14=当時)の顔写真を少年法に反し掲載、週刊新潮は目線入りで掲載した。新潮社顧問となっていた齋藤は「あれこれ言われたけれども、よくやったな。目隠し(写真)は“ビックリ腰”だな」と当時のインタビューで語った。

「週刊新潮へ“へっぴり腰”と叱りつけたいところを抑え、情けないという意味合いを込めて“ビックリ腰”と表現した。当時は“売らんかな主義”、商業主義と批判が上がったが、時には法律にもとらわれずに、人間の素顔、生の姿を描く必要があるという考え。82年にフォーカスが田中角栄元首相の法廷内写真を撮影し掲載したのも同じ」

フリーとなった森氏にも“新潮イムズ”が根底にある。これまで刊行してきた著作のテーマは殺人、詐欺、政治、官僚、財界、暴力団、芸能界、官僚と幅広い。

「世の中はすべてつながっていると思う。ある政治家を調べていたら暴力団→芸能界に行きついたり、政治だけで取材を終えると、本質的なものを見誤る。殺人事件でも政治が動いて法律が変わったりしますからね」

島田紳助氏が芸能界を去るきっかけとなった暴力団との関係では11年、森氏は手掛けた「週刊現代」報道をもとに本紙で「芸能界と(暴)紳助を最初に斬ったノンフィクション作家の取材録」を全11回連載。広い視野で取材した成果だ。

タブーとされるテーマにも果敢に取り組む姿勢も変わらない。過去には暴力団事務所に軟禁されたこともあった。

「今でも夢で時々、拉致されたり、殺し屋が家に押し入ってくるのを見ますが、人と会うと、新発見があるから取材はやめられない。うまくいったと満足したこともいまだにないですね」

実話にこだわる大宅賞作家の原動力はそのあたりにありそうだ。

☆もり・いさお 1961年生まれ。福岡県北九州市出身。岡山大卒業後、デザイン会社、87年伊勢新聞社、89年「週刊テーミス」、92年「週刊新潮」編集部を経て2003年、フリー転身。08年「ヤメ検」、09年「同和と銀行」(ともに月刊現代)で2年連続「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」受賞。18年「悪だくみ『加計学園』の悲願を叶えた総理の欺瞞」で「大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞」受賞。主な著書に「総理の影 菅義偉の正体」「高倉健 七つの顔を隠し続けた男」「ならずもの 井上雅博伝―ヤフーを作った男」など。

© 株式会社東京スポーツ新聞社