<書評>『炭酸ボーイ』 シマのリアルな文化と事情

 泡盛を炭酸水で割って飲む。あればシークヮーサーをしぼる。これにはまって、ぼくはちょっとお酒を楽しむ世界が広がった。いや沖縄の可能性が広がったとさえ思っていた。なので『ビア・ボーイ』『ウイスキー・ボーイ』などの、お酒業界にまつわる小気味良いビルドゥングスロマン(成長・教養小説)を発表している著者が、今回は宮古島で湧きだした天然炭酸水という、なんとも魅力的なアイデアで挑んだと知って、実にいいところついている、と思った。
 主人公は東京の小さな制作広告会社でライターをしている水神涼太。伝説のコピーライターで全共闘世代の真田秋幸のもと、沖縄出身の金城梨花とともに、運命的に宮古島で出会った天然炭酸水を商品化して売り出すプロジェクトを進めていく。しかしその採水地に目をつけた大手企業はリゾート開発を計画し、降って湧いてきた、甘く危険なおいしい話は、地元民、移住者を巻き込んだ大騒動になる。神高い土地が抱(いだ)いてきた「大切なもの」を守るため〈チーム真田〉はどう立ち向かうのか。
 実在のシマを舞台(モデル)としたエンターテインメント小説は、豊かな自然、ユニークな文化、そしてなにより島の人びとの存在感に書き手がからめ捕られてしまい、描かれる世界がパラダイスし過ぎて、地元の読者の興がそがれてしまうということがある。沖縄に関するノン・フィクションやエッセーの著作のある著者は、長年にわたる沖縄通いで身に染みついている知識と宮古の魅力の要所を押さえつつ、シマのリアルな諸事情を交えて、ある意味慎重に物語を進めている。地元民、移住者、観光客、シマにこだわる人はみな何かしらの事情を抱えているように見える。その傷をいやし、人生を再生させるために必要なことは何か。ぼくは本書を読んで発見した。広告とシマの祈りに共通するもの。それは人の心を動かす言葉であるということだ。
 読み終えた直後に、前宮古島市長の汚職にまつわる事件報道があった。清涼感あふれる読後感に、水を差されたような気になってしまった。もう一杯「ミヤコ・ハイボール」を飲みなおそう。
 (新城和博・編集者)
 よしむら・のぶひこ 1954年大阪生まれ。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。著書に「こぼん」「ビア・ボーイ」「食べる、飲む、聞く 沖縄 美味の島」「オキナワ海人日和」など。

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