昨年81歳で亡くなった世界的デザイナー・高田賢三 功績と最期の2年間を記録したドキュメンタリー制作

世界的デザイナーとして活躍し、2020年10月に新型コロナウイルスの合併症により81歳で亡くなった高田賢三を追った初のドキュメンタリー映画「# KENZO TAKADA」が、2021年に完成・公開予定であることが発表された。

高田賢三は、ファッションブランド「KENZO」の創業者で、紫綬褒章のほかフランスでは芸術⽂化勲章シュバリエ位を受勲するなど、世界に活躍したデザイナー。1970年に⾃⾝のブランドを始め、オーダーメイドで⾼級志向のオートクチュールではなく、プレタポルテ(⾼級既成服)を広めることで、より多くの⼈がファッションを楽しめる基盤を作った。また、⽇本の安価な⽊綿⽣地を好んで取り⼊れ、「⽊綿の詩⼈」とも称された。さらには、世界各地の⺠族⾐装を同⽒独特の感性で昇華した「フォークロア・ルック」を発表し、カラフルな⾊使いによって「⾊彩の魔術師」と評価された。

ドキュメンタリー映画「# KENZO TAKADA」は、80歳になった高田賢三による、⾃分と向き合うための⾃画像制作に密着しつつ、ファッションや彼のライフスタイルを通して、世界中に「⾃由」と「⾊彩」と「⽂化の多様性」を与えた、半世紀以上に渡るクリエーションと葛藤を振り返る⻑編ドキュメンタリー。また、最期の2年間を記録したドキュメンタリーフィルムともなっている。

監督を手がけた中⼭章太郎は、「映画制作を進める中、多くの賢三さんの友⼈にお会いしました。その誰もが賢三さんのことを、本当に⼤切に思っているのが伝わってきました。周りにいる⼈たちは、常に賢三さんに⼼を配り、気にかけていました。放っておけないと思わせる、そういう魅⼒が賢三さんにあるのだと思います」と、撮影と高田賢三について振り返っている。

※高田賢三の「高」の正式表記ははしごだか

【中⼭章太郎監督 コメント】

この映画の撮影を始める⼆年前(2017年)、とあるTVドキュメンタリー番組の制作の中で、私はパリ在住の高⽥賢三さんを取材することになりました。⼆、三週間くらい事務所のデスクで取材のための下調べをするうち、私の中で賢三さんのドキュメンタリーを撮りたいという考えが、ふつふつと湧いてきました。

海を渡っての挑戦、成功と挫折、恋と別れ、「この⼈の⼈⽣は映画になる」と思える⽅と実際に出会える機会はめったにありません。

そして賢三さんについてのドキュメンタリー映画は、まだありませんでした。

私⾃⾝、これから⾃分はどう⽣きていくのだろうと悩んでいた時期でもあり、もしかしてこの映画を作れ ば、その答えも分かるのではないかという希望も合わさり、思い切ってプロデューサーに、賢三さんのドキュメンタリー映画を撮りたいと相談したのが始まりでした。

来⽇していた賢三さんに撮影を申し出たのは、皇居のそばにある⾼級ホテルのレストランでした。その時の私はあまりに緊張していたので、何を話したかあまり記憶がありません。ただ印象に残っているのは、落ち着いた優しい賢三さんの話し声と、「⾃分なんかが映画になるかな?」と不安そうにしていたことです。 映画制作を進める中、多くの賢三さんの友⼈にお会いしました。その誰もが賢三さんのことを、本当に⼤切に思っているのが伝わってきました。周りにいる⼈たちは、常に賢三さんに⼼を配り、気にかけていまし た。放っておけないと思わせる、そういう魅⼒が賢三さんにあるのだと思います。

賢三さん⾃⾝は、⾃分のやりたいこと、すべきことが、いつも明確に分かっている⼈でした。80歳になっても毎⽇仕事をしたり、絵を描いたり、ピアノを練習したり、ジムで運動したり、忙しく何かに取り組んでいました。

また多くの⼈が⾔うように、どんな時も楽しむこと、喜びを感じることを⼤切にしていました。取材が終わるといつもシャンパンを出してくれて、⾊んなお話をしてくれたり、体調がすぐれない時や忙しい時も、取材に多くの時間を割いてくれました。また寒い⽇に外を歩いてくれたり、⼈を紹介してくれたり、パーティーを開いてくれたり、私の多くのリクエストに応えてくれました。

本当に、本当に、感謝しています。

【作品情報】
# KENZO TAKADA
配給:株式会社ライトフィルム
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