韓流ドラマで女子大生を誘惑した、ある青年の「危険な企み」

北朝鮮の中学生が使う「社会主義道徳と法」という教科書。そこには韓国についてこんなくだりがある。

「今日の南朝鮮(韓国)は、米帝の植民地統治で軍事ファッショ独裁がはびこり、飢餓と貧困に襲われた生き地獄だ」

米軍の靴磨きをしながらその日暮らしをする少年の話、生活のために自分の眼球を売ろうとしている少女の話など、2010年代の韓国の現実とは全く異なるエピソードが満載だ。

当局は政治講演会で韓国批判を行うのだが、さすがにこのような荒唐無稽な話は使わない。韓国で起きた悲惨な事件が、あたかも頻発しているかのようなレトリックを用いてはいるようだが、それでも耳を傾ける人は多くない。密輸入された韓流ドラマを通じて、韓国の実情が知れ渡ってしまったからだ。


韓流ドラマ・映画の中には、大財閥の豪邸を舞台にした現実離れしたものがある一方、一般庶民の家が出てくるものもあれば、グルメやファッション、旅行を扱うバラエティもあったりする。いずれも、そもそもプロパガンダ目的で作られたものではないが、北朝鮮に持ち込まれることでプロパガンダの役割を果たしてしまう。

韓流を見て韓国に憧れる人が後を絶たず、中には実際に脱北を試みる人もいることから、北朝鮮当局は危機感を持って取り締まりに当たっている。咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋は、韓国に憧れて脱北を試みて失敗に終わった男女のことを伝えている。

咸鏡南道(ハムギョンナムド)の咸興(ハムン)に住むチェさん(20代後半・男性)は、中国と国境を接する咸鏡北道の会寧(フェリョン)出身で、咸興薬科大学製薬科4年生のキムさん(20代前半・女性)と1年前に知り合った。

キムさんは、チェさんに誘われてご禁制の韓流ドラマや映画を見るようになり、こんな話を交わすようにまでなった。

「韓国で住めたらどれほどいいだろうか」

普通なら憧れるだけにとどまるのだが、なんと2人は脱北計画を実行に移すことにしたのだ。先月中旬、2人は会寧に向い、国境警備の状況を調べた上で今月2日の午前1時ごろ、国境を流れる豆満江を渡ろうとしたのだが、国境警備隊にその場で逮捕された。銃床で殴られ、足蹴にされる激しい暴行を受けて血まみれになった2人は、脱北を試みたことを認め、会寧市保衛部(秘密警察)に身柄を移送された。

チェさんは3年前に脱北に成功したものの、中国で逮捕され強制送還された「前科」があることが確認された。どうやら、再び脱北を試みるために、国境付近の事情に詳しい会寧出身のキムさんに接近し、「洗脳」した上で、2人で再び脱北を試みたようだ。

規定に従って、咸鏡南道保衛局に移送されたチェさんには、重罰が待ち構えているものと思われる。一方、キムさんは初犯で未遂だったことが酌量され、比較的軽い処罰ですまれるものと見られている。

最近は、韓国に対する漠然とした憧れから脱北するケースより、コロナ鎖国で食うや食わずの状況に追い込まれ、中国に出稼ぎに行くために脱北したり、先に脱北して韓国に住む家族から呼び寄せられたりするケースが多いようだ。

だが、たどり着いた先の韓国でも、社会に適応できない、差別で就職できないなどの理由で困窮生活を余儀なくされている脱北者が少なからず存在する。2018年に韓国統一省の外郭団体が、韓国在住の脱北者を対象に行なった調査では、全体の45.9%が「自分は下層に属する」と答えている。また、全体の約4分の1が低賃金の製造業に従事しているとも答えた。「中間層」と答えたのは52.0%、「上流層」は2.1%に過ぎなかった。

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