「不在」は想像力のカタルシスである:ライアン・ガンダー インタビュー

イギリスを代表するアーティスト、ライアン・ガンダーが東京オペラシティ アートギャラリーのコレクションをキュレーションする異色の企画展「ストーリーはいつも不完全……」「色を想像する」 ライアンガンダーが選ぶ収蔵品展が、東京オペラシティ アートギャラリーで6月24日まで開催中だ。当初予定していたガンダーの個展は新型コロナウイルス感染症を巡る情勢の急激な悪化、とくにイギリスにおけるロックダウンにより、やむなく開催を延期に。これに伴い、ガンダーから「この状況で僕にできることはないだろうか」「収蔵品展のキュレーションはイギリスからできるのでは」との申し出によって、当初は個展の一部として予定していた「ガンダーが選ぶ収蔵品展」を全館で開催することになったという。

今回、Tokyo Art Beatはイギリスに住むガンダーにリモートインタビューを実施。ロックダウン中に考えていたこと、企画展のテーマ、作品と鑑賞者の関係などについて話を聞いた。

「ストーリーはいつも不完全……」「色を想像する」 ライアンガンダーが選ぶ収蔵品展会場風景 撮影:中川周

コロナ禍で気づいたこと

━━まずは、展覧会がオープンできてよかったですね。イギリスのロックダウンの影響で、当初の個展から大幅に内容を変更しての開催となりました。本展に至るまでに、色々な試行錯誤あったのではないかと思います。

ガンダー:このような展覧会を開催できたことを美術館とキュレーターの野村しのぶさんに感謝したいです。本来、アーティストは人々の期待に逆らい、今の美術館は人々の期待に応えることを目的にしていると思います。どちらも目的は違うはずですが、今回、東京オペラシティ アートギャラリーは美術館が本来あるべき勇敢な姿を見せてくれたと思います。ありがとうございました。

━━コロナ禍でどのようなことを考えていましたか?

ガンダー:これまで本当にいろんな人に聞かれた質問です。ありとあらゆる回答を考えて最近たどり着いた答えは「普通である。けれどすべての感情が増幅される」ということですね。あとは、世界各地のすばらしいものを裸眼で見ることがどれほど奇跡的なことなのかを確認する時間だったと思いますし、インターネット、SNS、友達、宗教、お酒、音楽、娯楽など、気を紛らわせるために存在しているものに気を取られていたことに気づいた。それはまるで自分の中に第2のルネサンスが訪れたような感覚でした。

━━そうした感覚はあなたの作品に影響を与えましたか?

ガンダー:アーティストの多くは伝統的に、ひとつのことに集中して取り組み、良い結果が出るまでに何度も取り組むものですよね。私はそれを「アーティストの練習」と呼んでいて、ロックダウンの期間に試しに取り組んでみました。ですが私にはまったく合いませんでした。

━━いつもどのように作品を制作するのですか?

ガンダー:私は、何千何万というアイデアの中からいくつかを同時進行で行い、行き詰まったら引きこもる。そうするとNikeではないですが「Just Do It」というフレーズが頭に浮かんで自分で自分を説得するような感じになります。とにかくやってみることです。悪いものはゴミ箱に捨てればいいし、良かったらそれはそれで良い、それが私のやりかたです。この2年間で気づいたのですが、私の作品は「私たちにとって、時間はもっとも偉大な感覚である」という考えに基づいています。加速度的に進んだ資本主義構造の中では、私たちはみんな、価値あるもの=自分が持っているもの、手に入る物質的なものだと考えますが、それは違うのではないかと思っています。私は自分の人生を通して注意しなくてもいいものに注意を向けてきました。けれどこれからはそうした無駄なものに時間を使いたくないです。

━━具体的に、何によって時間を無駄にしてきたように感じているのですか?

ガンダー:ゲームの時間ですね。というのは冗談で(笑)、起こってもいないことを憂慮する時間は大きな無駄のひとつだと思います。今朝、子どもに「ストレスを感じているようだね」と言われて「大きな仕事のプレゼンがストレスなんだ」と伝えました。そうしたら「それはストレスではなくエキイティングなだけじゃない?」と。

━━素敵ですね。

ガンダー:はい、会話を通してカウンセリングを受けている気分ですね。私たちは大人になるにつれエキサイティングなことを「心配」「ストレス」といったいろんな名詞に変換してしまうのだと思います。

リモートインタビュー中のライアン・ガンダー

作品と鑑賞者の間に生まれる方程式

━━今回の展覧会「ストーリーはいつも不完全……」「色を想像する」では、ガンダーさんは美術館のコレクションであり、故寺田小太郎氏のコレクションでもある約4000点の中から200点の作品を選ばれました。このように多数のアーティストの作品を使ううえで気をつけたことはありますか?

ガンダー:私はこれまでの自分の展示で、多種多様な自分の作品をキュレーションするようなことをしてきました。そして参加してきた様々な展覧会を通して、キュレーションされるアーティストの気持ちも理解しています。キュレーターが圧迫的で厳しいと感じること、作品が誤解されているように感じること、ときに完璧だと感じることもあります。ただ、私はそうした感覚を気にしません。なぜなら、最終的に見ることができる作品がそこにはあるからです。周りの文脈を排除して、ありのままの姿を評価してもらえる作品の存在をいつも実感しているからです。アーティストにはこのようにオープンマインドな人間が多いと思いますし、今回の展示案をアーティストの多くはポジティブに受け入れてくれたことを聞いて嬉しく思っています。

「ストーリーはいつも不完全……」のセクション 撮影:中川周
「ストーリーはいつも不完全……」のセクション 撮影:中川周

━━とくに印象深い作品はありますか?

ガンダー:印象的な作品としては、展示の冒頭にある小山穂太郎《Cavern》(2005)。これは早い段階から展示の最初に置くことを決めていました。そして堂本右美の《ここ》(1998)は、理性から解き放たれ自由になることを教えてくれたという点で私が嫉妬を覚えた作品です。今回、大量の作品画像を眺めながら作品を選ぶことで、作品の評判や歴史に依存したエリート主義ではない、生き生きとした関係を作品と結べたような気がしました。

━━今回の展覧会は4階と3階の2部構成ですが、まず、4階の「色を想像する」についてはいかがですか? 本作は、故寺田小太郎さんが初めてカラー映画を見て、白黒映画のほうがずっと魅力的だとがっかりしたというエピソードから着想したそうですね。会場は黒と白の作品のみで構成されています。

ガンダー:まず、私がつくる作品には白黒が多用されていることにも関係するのですが、私はアーティストとしてはありえないほどの色覚異常者です。そのため色を想像するようなことは日頃からしているわけで、カラー映画に失望したという寺田小太郎さんの発言はとても共感できておもしろかったです。今回の展示、そして展覧会タイトルは色の不在、光の不在など「不在」という概念に関連しています。アートにおいて不在はとてもポジティブなものだと思います。なぜなら、情報が多すぎると作品は教訓的になるし、逆に少なすぎるとエリート主義になり、作品を見るフックが少ないことから人々は作品を見なくなってしまうと思うからです。私の作品では、人に指摘されなければ気づかないほどの無意識レベルで何かの要素を取り去ることで作品のバランスを取っていますが、今回の展示でもそれは共通しています。「不在」は人々の想像力のカタルシスなのだと思います。

「ストーリーはいつも不完全……」のセクション 撮影:中川周
「ストーリーはいつも不完全……」のセクション 撮影:中川周
「色を想像する」のセクション 撮影:中川周
「色を想像する」のセクション 撮影:中川周

━━光の不在というお話がありましましたが、3階の「ストーリーはいつも不完全……」では、薄明かりの中で懐中電灯を照らしながら人々は作品を見ますね。このスタイルを取り入れた理由について教えてください。

ガンダー:英語では視覚を表す言葉のすべてが見るだけではなく「認識する」の意味を持ちます。その二つは不可分なのですが、「見る」という体験を変え、認識がもたらす偏見から逃げたかったのだと思います。私たちは本当の意味で物事を知るのではなく「見る」ことができるかということを考えたかったですし、懐中電灯というキュレーションツールを通して、人々と作品の関係性も見えてくると思いました。

━━私にとっては、個別の作品に集中して向き合える体験でした。いかに普段は多くの作品を見逃しているかも浮き彫りになりました。

ガンダー:そうですね。実際に、今回の展覧会は通常のコレクション展よりも展示室の滞在時間は増えているそうです。人が作品を見て、そこから受け取るものはそれぞれ異なりますがそれはアート作品と人々のあいだの「取引」であり、とても重要なことだと思います。そして優れた作品というものは往々にして鑑賞者が作品と自分のあいだに「何か」を持ち込み方程式をつくることができるものだと思います。その「何か」とは想像力や、あなたがどこから来てどんな文化を持っているのか、そして経験したこともありますね。あなたが作品を見て何かを考え、受け取ると同時に、あなたの人生で集めてきた「荷物」も作品に貢献しているのだと思います。

━━今回の展覧会では、出品作品のうち1割が初めて美術館で展示される作品だったとキュレーターの野村さんから聞きました。そうして作品が新たな方程式を結ぶことは喜ばしいことですね。今回はインタビューの機会をありがとうございました。次の個展も楽しみにしています。

ガンダー:ありがとうございます。

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