村下孝蔵「初恋」には誰が聴いても自分の初恋を歌った曲に聞こえる魔法がかかっている 合掌 6月24日は村下孝蔵の命日です(1999年没・享年46)

色あせぬ名曲「初恋」今なお高い認知度!

1999年6月24日、村下孝蔵が亡くなった。当時7歳だった私は、村下孝蔵という人も、その人の死も知らなかった。突然の死だったというから、きっと大きな衝撃が走ったことだろう。

そんな彼の代表曲は、言わずと知れた「初恋」。オリコン売上で言えば52.6万枚。大ヒットではあるが、同じ枚数売れた曲がみんな今まで歌い継がれているかと言うと、そうとは限らない。そんな中この曲は、世代を問わず知名度があり、周りの20代にも必ずといっていいほど認知されている。それにGoogle検索でも「初恋」というかなりのビッグワードであるにもかかわらず、この曲のWikipediaページが上位に表示される。

これは世代の人だけが好きで聴いている(検索している)、というレベルの結果ではないだろう。発売から38年も経つこの曲は、いまや “好き” と言うのもはばかられるほどに有名になった。しかし、ただ名が知られているだけではない。有名であるにはそれだけの理由がある。

注目!ほかの初恋ソングと一線を画した歌詞の情景

 五月雨は緑色
 悲しくさせたよ 一人の午後は
 恋をして 淋しくて
 届かぬ想いを 暖めていた

 好きだよと言えずに初恋は
 ふりこ細工の心
 放課後の校庭を 走る君がいた
 遠くで僕は いつでも君を探してた
 浅い夢だから 胸をはなれない

メロディー、アレンジ、コード進行、声質、歌唱どれもが洗練されており、とりわけ「五月雨は緑色」にはじまる言葉選びが実に美しい。さらに歌詞の登場人物に注目してみると、相手を特定できる情報は「放課後の校庭を走る」人というくらいで、ほとんどないことがわかる。相手だけではなく、自分の情報も最低限だ。人物の性別や具体的な特徴を極力描かず、自分の内面的な想いと情景の描写に終始焦点を当てている。

だからこの曲は、“特定の誰かの初恋を想像させない” という点において、ほかの多くの初恋ソングとは一線を画している。たとえばアイドルが歌う初恋ソングなら、(少なくとも私は)そのアイドルのキラキラした世界の初恋に想像を膨らませる。あるいは切ない初恋だとしても、その胸中を心の中でなぞり、同じ思いを共有する。いずれそのアイドルの初恋物語に想いを馳せるのだ。もちろん、それはそれで楽しみ方のひとつである。

ところが村下孝蔵の「初恋」は、ちょっと違う。“村下孝蔵自身のの初恋” に思いを巡らせる人は、まずいない。これを聴く人の頭の中にあるのは、まぎれもなく “自分の初恋” である。誰が聴いても、聴いたその人の初恋のための歌だと思わされてしまうのだ。 自分では「実は… これ、おれの初恋のテーマなんだ」と思っていても、“実は…” もへったくれもない。みんなにとっても “自分のための曲” なのだ。ところが不思議なことに、唯一無二の “自分の曲” に感じてしまう。この “自分にとって唯一無二” というのは、ズバリ初恋そのものである。誰もが経験したことがあるごくごく平凡なことなのに、どれひとつとして同じものがなく、誰にとっても特別なものだ。

テレビで「初恋」が流れるときやカラオケで誰かがこの曲を歌うとき、この曲を聴いた人々は一様に「この曲いいよね~」「本当、いい曲だよね~」なんて言い合うが、それは一見共鳴しているかのように見えるが、これはおそらく各々が “自分の初恋物語” というまったくバラバラのストーリーを頭に浮かべうなずき合っているのだ。

かくいう私自身もそうだ。もし感傷的に語ったりなんかしたら、「いや… ご大層に言うけどさ、初恋ってそういうもんだよ…?」というツッコミが飛んできそうな、きわめて平凡な経験だ。それでも、私にとってはやはり初恋は特別である。

そんな、誰に言っても多分伝わらないし聞いてもらえない、だけどたったひとつの大切な初恋を、「初恋」は包んでくれるのだ。そういう意味で、村下孝蔵の「初恋」は私たちの初恋そのものだとも言える。この曲が生まれて38年が経った今も聴いてもそう思えるし、売上以上の影響を世の中に与えているだろう。

村下孝蔵の「初恋」は代表曲であり最高傑作!

私は「初恋」に始まり「踊り子」「ゆうこ」等の代表曲に限らず彼の曲は多数聴いてきたつもりだが、今ふたたび「初恋」を聴いても、やはり素晴らしいと感じる。そして自分の物語のなかへと逃避行する。“ファンになると一番売れた曲がピンとこなくなる現象” というのはたまに存在するが、この曲に限っては間違いなく村下孝蔵の最高傑作のひとつなのだ。

奇しくも命日が五月雨の季節ということで、ファンは6月24日を五月雨忌と呼ぶ。村下本人は、曲が売れなくなった時期に「自分には “初恋” を越える曲はできんかもしれん」と思っていたというが、私はこう伝えたい。

その「初恋」という曲は、たぶんあなたの想像する以上に、いまも多くの人に大事にされている。まるで自分の初恋と同じくらい、大事にされていますよ… と。

「初恋」の成功によって苦しめられたこともあったのかもしれない。この曲のファンとしては、それを思うと少々切なくなる。しかしそれでも、やっぱりこの曲が名曲だということはまぎれもない事実だ。自分の初恋に心酔しきったあとは、たまには村下孝蔵、彼自身に思いを馳せてこの曲を聴くのも良いのかもしれない。

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筆者注:村下孝蔵については、『村下孝蔵「春雨」は傷ついた心を優しく包む。【初恋しか知らないアナタへ】』でも紹介しています。こちらも是非ご覧ください。そして、70~80年代のヒット曲の総合情報サイト『あなたの知らない昭和ポップスの世界』も、よろしければご覧ください。

※2019年6月24日に掲載された記事をアップデート

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