会議はオンラインより自然の中で 「ズーム疲れ」とさよなら【世界から】

自然に囲まれた「ブッシュ・ボードルーム」での会議 (c)Nature and Nosh Tours

 ニュージーランド北島の中央部に近い自然保護区内に「ブッシュ・ボードルーム」と呼ばれる〝会議室〟がある。インターネットどころか部屋の壁さえもない自然の中の会議室だ。新型コロナウイルスの影響でオンライン会議全盛の今、その正反対ともいえる環境を提供する。業種を問わず、さまざまな企業が訪れ、利用している。(ニュージーランド在住ジャーナリスト クローディアー真理=共同通信特約)

 ▽保護区の秘密の場所

 ブッシュ・ボードルームがあるのは、1912年から長年にわたって保護されている「サンクチュアリー・マウンテン・マウンガタウタリ」。人間がやってくる前に限りなく近い環境を維持し、健全な生態系下で生物多様性を守るために、3400ヘクタールの広大な面積をフェンスで囲って天敵の哺乳動物を除去。種の再導入と繁殖プログラムが進められている。

 保護区内の秘密の場所にあるブッシュ・ボードルームまで案内をしてくれるのは、ハイキングや食事などを組み合わせたツアーを主宰するネイチャー&ノッシュ社のカイリー・レイさん。企業向けのツアー四つのうちの二つにブッシュ・ボードルーム訪問が組み込まれている。所要時間は約4時間と約7時間で、どちらも参加者数は6~16人だという。

ブッシュ・ボードルームに案内してくれるカイリー・レイさん (c)Nature and Nosh Tours

 ▽テクノロジーと無縁

 カイリーさんの案内でブッシュ・ボードルームに着いた人の多くは、「わぁ!」と感動の入り交じった歓声を上げる。まず目を引くのは、ニュージーランドの原生木で作られ、10人が囲んで座ることができる特別なテーブルだ。そして会議室の壁は、ない。あえて言うなら、周りを囲む、この国固有の木々や植物が壁だ。種の存続が危ぶまれ、保護されている鳥たちのひっきりなしのおしゃべりも聞こえる。ブッシュ・ボードルームの雰囲気は、実際に訪れ、感じてみなくてはわからない。テーブルに着けば、葉が風にそよぎ、木漏れ日が差し込む。太古のニュージーランドに思いをはせずにはいられない。

 ブッシュ・ボードルームの特徴はほかにもある。テクノロジーと無縁な点だ。Wifiがないので、オンライン会議どころか、SNSすらできない。電波も届かず、テキストの送受信も難しい。ともすれば妨げになりがちなテクノロジーは存在しない。目の前にいるのは会社の同僚のみ。そこで従来の、人と人とのインタラクション(相互交流)の復活となる。

 ▽自然とつながる

 利用した企業は幼児教育、建築、コンサルタント、地方自治体、ウェブデザイン、測量設計など多岐にわたる。四半期に1度の企画会議、企業戦略会議、役員会議など、さまざまな会議が行われているという。

 参加者の一人、ドゥウ・ファン・デル・メルヴェさんは「サンクチュアリー・マウンテン・マウンガタウタリに足を踏み入れた直後から集中力が回復し、エネルギーがわいてきた」と話す。ブッシュ・ボードルームへの1時間ほどのウオーキングが「頭の中に響いていた雑音」を消してくれたという。グループ全員が一緒に緩やかなペースで坂を上りながら、カイリーさんが教えてくれる五感を通じて自然とつながる方法を実践すると、気分が晴れるだけでなく、ストレスレベルが下がる。さらには雑念から解放され、創造性が高まるという。ウオーキングは会議を有意義なものにするための準備運動といえそうだ。

ブッシュ・ボードルームへのウオーキング。五感を通じて自然とつながる (c)Nature and Nosh Tours

 ▽「ズーム疲れ」

 ドゥウさんはブッシュ・ボードルームでの経験をこう話す。「木々に囲まれたテーブルで、煩わしいテクノロジーに邪魔されることなく、顔を突き合わせて話ができた。これは何にも代えがたい」

 確かに他者とコミュニケーションをとる際、テクノロジーが介在するのが当たり前になってきている。新型コロナウイルスのまん延で、その傾向に拍車がかかっている。特に「Zoom(ズーム)」などのウェブ会議プラットフォームは、ロックダウンで在宅勤務を強いられた従業員が仕事を続けるための救世主となった。足を運ばなくても会議ができる点は、気候変動問題の解決に貢献するとの期待もある。

 今年2月下旬、米スタンフォード大のジェレミー・ベンレンソン教授が、ウェブ会議プラットフォームが精神的・身体的に人間を疲弊させる、いわゆる「ズーム疲れ」の原因を発表した。それによれば、スクリーン上の相手とのアイコンタクトの多さや、クローズアップで映し出される相手の顔がストレスになる。また会議中、自分の姿をずっと見るという不自然な状況を経験すると、自己批判に陥る。「ウェブカメラを意識して同じところにずっと座っている」「ジェスチャーなど非言語的なコミュニケーション手段を使えない」―などは人間の一般的な行動からはずれており、それが疲れを招くと同教授は指摘する。

 カイリーさんは「テクノロジーを排除すればすべてがシンプルになる」という。ウェブ会議の利用を控えさえすれば、「ズーム疲れ」とさよならできる。幸いニュージーランドは水際対策を強化し、いまだに国境封鎖中なので、市中感染がない。せっかく人と会うのが許される恵まれた環境なのだから、ウェブ会議よりもブッシュ・ボードルームでの会議の方が、より良いアイデアを出せるのではないだろうか。

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