「国よ、ナメるな」介護職は議員を目指せ  ケアマネら超党派5人が呼び掛け

 安い給料に人手不足、新型コロナウイルスのワクチンは後回し…。大切な仕事なのに報われない介護の現場を変えようと、現役のケアマネジャーやヘルパーとして働く超党派の地方議員5人が立ち上がった。現状への怒りや危機感とともに訴える。介護職よ、議員を目指せ!(共同通信=市川亨)

出版に向けオンライン会議で打ち合わせをする議員5人。右上から時計回りに、宮崎直樹・千葉県船橋市議、神尾昭央・東京都江戸川区議、梅田みつよ・岐阜県白川町議、前田麗子・愛知県岡崎市議、山口大輔・香川県東かがわ市議=4月

 ▽元ヤンキー

 「皆さん、はっきり言って私たちは国からナメられてます」。3月中旬、東京都内で開かれた介護職ら向けのセミナー。千葉県船橋市の宮崎直樹市議(44)=無所属=が熱弁を振るっていた。

 宮崎さんは東京都江戸川区と船橋市で事業所を経営する現役ケアマネ。高校時代は「不良」で、専門学校を卒業して介護現場で働き始めたころは金髪、ロン毛だった。

 周囲から疎まれる「ヤンキー」だったが、あるとき利用者の高齢の女性から声を掛けられた。「あんた、テレビに出てくる俳優さんみたいだね。あんたがいてくれると、うれしいよ」

 「俺のことを受け入れてくれる人がいるんだ…」。それから約20年。身も心も介護の仕事にささげてきた。やりがいも尊さも感じているが、低賃金ゆえに若い男性職員が結婚を機に「寿退社」して転職していく現実を何度も目の当たりにした。

 「自分たちの仕事は正当な評価を受けていない」。怒りが原動力となり、2019年に2度目の挑戦で当選した。

担当ケアマネジャーとして介護サービス利用者の家族と話す宮崎直樹さん(左)=4月、東京都江戸川区(撮影のためマスクを外しています)

 ▽医療と歴然の差

 「ケアマネは日々、小さな政治をやっている」が宮崎さんの持論だ。介護サービスの利用者と家族、利用先の事業所に医師や看護師…。意見や立場の違いを調整して、利用者のより良い生活につなげるのがケアマネの役割だからだ。

 ただ、同じ社会保障の分野でも、医師や看護師ら医療職とは社会的地位も賃金も差は歴然としている。コロナのワクチンを巡っては、訪問介護など在宅サービスに携わるヘルパーらは接種の優先順位を低くされた。

 なぜ、こんな扱いなのか。「それは政治力がないからだ」。組織内で国会議員を擁する日本医師会(日医)や日本看護協会など医療職の団体に比べると、介護職の団体は組織率が低く、議員もわずか。「だったら、自分たちの代表を地方議会や国会に送り込み、現場の声を政治に反映させよう」

 自身で一般社団法人「ケアマネジャーを紡ぐ会」を設立。各地に約2600人の会員がおり、こうした人脈を生かして仲間を増やしてきた。

 

 ▽私たちの出番

 香川県東かがわ市で2期目の先輩議員、山口大輔市議(46)=国民民主=もその1人。やはり現役ケアマネで、政治に関心があったわけでも身内に政治家がいたわけでもないが、「いちケアマネの立場では、声を上げても何も変わらない」と立候補を思い立った。「資格だけ持っている議員なら他にもいるが、現場で働きながらやっているからこそ、机上の空論でない意見が言える」と強調する。

 宮崎さんと山口さんに勧められて昨年10月、選挙に出馬したのが愛知県岡崎市のケアマネ、前田麗子市議(48)=自民。決めたのは告示のわずか2週間前だったが、当選した。「市政の中で介護の専門家としての意見を直接届けられ、情報も集まるようになった」と意義を感じている。

 「私のほかにも現役ケアマネの議員がいるんだ」。岐阜県白川町の無所属で自民党籍の梅田みつよ町議(49)は昨年、オンラインのイベントで山口さんらとつながった。コロナ禍だからこそ、距離を超えて知り合えた。

 白川町の人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)は20年7月現在、岐阜県の市町村で2番目に高い47・5%。「この町の人たちが豊かな老後を送れるようにするには、自分の出番だ」。そんな決意で4年前、出馬した。

 東京都江戸川区の神尾昭央区議(38)=無所属=は障害福祉事業所のヘルパー。勤務シフトと議会日程が重なると調整が大変だが、「障害者が困っていることをリアルタイムで区の幹部に伝え、政策を変えられるメリットは大きい」と実感している。

 ▽いつか国政に

 5人は共著で「介護職よ、地方議員を目指せ!」(仮題)という本を年内にも出版する予定。後に続く若い世代も育っている。宮崎さんの事業所で働く介護福祉士、佐藤亜美さん(27)。

 大学卒業後、大手介護企業の有料老人ホームで働いたが、「お世話型」のケアに疑問を感じ、「価値を生み出す介護がしたい」と宮崎さんに弟子入りした。6月20日投開票の船橋市議補選に挑戦、当選を果たした。

千葉県船橋市議に当選した介護福祉士、佐藤亜美さん=5月、東京都港区

 宮崎さんは「自分には国政に行ける才覚はない。パンダになってもいいから、いつか国政に人材を送り出したい」と話す。「介護職だったら、自分が介護を受ける側になったときに担い手がいない事態が容易に想像できるはず。介護保険はヤバい状況です。変えるために現場のみんなが立ち上がってほしい」と呼び掛けている。

 ▽団体細分化がネック

 医療・介護政策に詳しいニッセイ基礎研究所の三原岳主任研究員は次のように話している。

三原岳氏

  ×   ×

 医療界は病院団体を含めて日本医師会が政府との交渉窓口を独占し、資金力と集票力で強固な地位を築いている。日医会長が首相に直談判して財源を獲得するという荒業も成し遂げてきた。

 それに対し介護業界は歴史が浅く、政治とのパイプが確立していない上、職種ごとに団体が細分化していることがネックになっている。低賃金のため資金力も弱いと言わざるを得ない。

 ただ、介護サービスの質や量が低下すれば、国民生活に不利益が生じる。その点で、自分たちの代表を議員として送り出し、介護現場の声をもっと政策決定過程に反映させようという活動には一定の意味がある。

© 一般社団法人共同通信社