エル・カブキ - 『藝人春秋』に救われたふたりが語る漫才とお笑い!「今のエル・カブキはウケていると言っても過言ではない」

『藝人春秋』に救われたふたり

──エル・カブキのおふたりは、Rooftopへは2018年6月インタビュー以来のご登場です。最近はロフトプロジェクトの各店舗に出まくっていますよね。阿佐ヶ谷ロフトでは水道橋博士の「阿佐ヶ谷ヤング洋品店(以下、アサヤン)」に出演されていますが、きっかけはなんだったんですか。

上田:2017年の年末にたけしさんの特番に出たんですけど、水道橋博士の運転手をしているマッハスピード豪速球のガン太ってやつが一緒に出演していたんですよ。ほんとうは軍団さんに挨拶をするのは禁止されてたんですけど、ガン太は僕が博士のことを大好きだと知っていたんで、挨拶に行かせてくれたんです。そしたら、博士がエゴサをしすぎていて、よく博士のことをツイートしていた俺のことを知ってたっていう(笑)。それで、「"マセキ芸能社の浅草キッド"って言ってる人でしょ? どんどん言って!」って言われたんです。そのあと、僕らが始めたYouTube「10分おろし」のヘビーリスナーでいてくださって。YouTubeは3年半毎日投稿をして、登録者1900人までいきました。

林:キタよねー。1年で600人ずつ増えたからね!

上田:そんな増え方はエル・カブキかひろゆきかって感じです。

──そもそも博士のことを知ったのはいつだったんですか。

上田:これは相方がきっかけなんです。まず、僕と相方は爆笑問題が好きっていうところで意気投合しているんですね。僕は東京NSC8期生なんですけど、8期生ってM1グランプリ2001が終わった次の年の募集だったのでめちゃくちゃ人数が多くて、同期が1000人くらいいるんです。だけどそこでも、「爆笑さんがいちばん好き」っていう人はいなかったんですよ。そんななかでバイト先の人が、「芸人を目指している人がいるんだけど」って林を紹介してくれて、「どういうお笑いをやりたいんですか?」って聞いたら、「爆笑の太田さんみたいな子どもっぽいボケをやりたい」って(笑)。爆笑さんの名前を最初に出した人は初めてだったんです。

──しかも爆笑問題の風刺的な方面じゃなくて、太田さんの子どもっぽいところを(笑)。

林:はちゃめちゃなものが好きなので(笑)。たけしさんも好きだったんですけど、たけしさんが田中康夫さんの首を絞めあげるっていうのが好きです。

──スラップスティックなお笑いですよね。

上田:スタンダップコメディみたいなものが好きなんですよね。たぶん彼は、ほんとうは政権批判とかやりたいと思うんですけど。

林:ちがうよ、そうじゃないよ!

上田:でも僕も錦鯉の隆さんに、「おまえは全社会に中指を立てて行け」って言われてるんで。

──先輩にそれを言われたら呪いにもなりますよね。

上田:だからそのうち『中指タイタニック』っていう映画を撮ろうと思って。

林:『親指タイタニック』ならぬ『中指タイタニック』ね(笑)。

上田:そんな流れでコンビを組みました。2012年に水道橋博士が『藝人春秋』っていう本を出されたんですけど、相方が、「この本、良いから読みなよ」って頼んでもないのに持ってきて。いや、そんなのめずらしいことだったんですよ!

林:普段、本はぜんぜん買わないのに魔がさしたのか買っちゃったんですよ(笑)。ただ表紙がカッコいいなと思って読んだら……まぁ名著で!

上田:博士って、芸人っていうよりもライターの人だったんだ! って感動しちゃったんです。エル・カブキって、初期のころはひとりの芸能人を掘り下げるっていうネタを作ってたんですよ。これがどこにいってもウケて、マセキ芸能社にもいい感じに入れたんです。売れた! って思いましたね。でも芸能人の情報につっこんでるだけなので、「それってボケてないよね」「誰でもいいよね」とか言われることもあって。それでちょっと悩んでいたんですけど、『藝人春秋』って博士があまり出てこないし、対象をすごく覚めた目で見ていて、これがありなのか! って驚きました。

──分析芸人としてということですよね。

上田:そうですね。こういう形で成立させている人がいるのか! って驚きました。

林:僕はほんとうは分析型ではなくて直感型なので、正反対だからこそ『藝人春秋』に惹かれたのもあると思いますね。

上田:『藝人春秋』を読んでなかったら漫才を辞めてたかもしれない。だいぶ救われましたね。浅草キッドさんのことはもちろん知っていましたし、格闘技が好きだからテレビでもよく見ていましたけど、特別すごく好きっていうわけではなかったんですよ。だけどこの本でびっくりして。

おまえら、悔しくないのか?

──「アサヤン」に出るようになったのはいつからですか。

上田:2018年に博士がエル・カブキの「10分おろしに出たいんだけど」ってDMをくださったんです。僕らは2016年くらいはテレビにも出て調子が良かったんですけど、2017年になったらなんもねぇぞ! って焦っていたのですごく嬉しかったですね。それで打ち合わせ場所に行ったら、博士のYouTubeのドッキリをしかけられていたっていう。

林:上田と博士の間ではやりとりがあったみたいなんですけど、僕はなにも知らなくてドッキリを仕掛けられる役だったんです。でもこいつ(上田)が妙によそよそしいからすぐ気づいちゃって。ドッキリ仕掛けるの下手すぎるし、どうしようかと思いました(笑)。もともと僕はリアクションとか取れるわけじゃないから、とにかく一生懸命喋ったのは覚えています。

上田:そこからロフトプラスワンに10周年ライブをやりたいって持ち込みをして、博士がゲストで出てくださったんです。ただ、博士はそのすぐあとに休養されたんですよ。そのあともRGさんが、「一緒に過激なことを喋りたい」って言ってくれて、「RGとエルカブキのあるあるワイドショー」っていうイベントを始めました。博士とRGさんは僕らがメディアに出なくなっても、なにかと気にかけてくれたんですよ。それで博士が復帰されたのが2021年の2月のイベントで、そこで挨拶をさせてもらいました。

──それで復帰イベントで博士と再会をして…

上田:そうなんです、そして4月に僕らはロフトプラスワンウエストで開催された「ロフトプラスワンウエスト演芸カーニバル」に呼ばれてもないのに出たんです。

林:予選を通って決勝に出たんですよ。ギリギリ通過! 審査員からは評価をもらえなかったけど、お客さんからの投票が1位だったんです。

上田:東京と真逆の反応ですよね、大阪の審査員は古いなと思いました(笑)! で、決勝に出て、「大阪に来るならライブにも出てよ」って声をかけてくれた人がいたので滞在中の2日で3回ライブをしたんです。そんなハードスケジュールをこなして東京に帰る日の朝……博士からラインが来たんですよ。

林:ただ動画だけが届いたんだよね。

上田:翌日に開催される「アサヤン」のオープニング動画を無言で送りつけてくるっていう、もう迷惑メールに振り分けようかと思いました(笑)。これはどうしろってことかなって相方に相談して考えて。どう返せば正解かわからないから、「かっこいい動画ですね! 見学に行ってもいいですか?」って返したら、「おまえら、悔しくないのか? 出たくないのか?」って(笑)。

──めんどくさいですねー(笑)。

上田:それでまた相方に相談して、「出てやるよ!」って返したんですよ。それなのに次の日に阿佐ヶ谷ロフトに来たら、「おまえは客席だ!」って座らされて客席で観覧しました。でもまぁ、とりあえず博士が元気になってよかったなって思いましたけど。ただ、その日の帰りにいろんな人に僕を紹介してくださって、「あ、博士は仲良くしたかったんだな」って気づきました、友達の作り方が下手すぎるんですよ(笑)。それで前田日明さんがゲストの回のときに博士から電話がきて「前田日明にいちばん詳しいのはキミのはずだから、キミを指定する。」って。いや、その誘い方!

──「おまえらくやしくないのか!」っていうところから急にデレましたね。

上田:「今度、出てくれない?」でいいのに(笑)。いかに博士が普通のコミュニケーションを通らないで来たかってことですよ。やっと今は普通の会話ができるようになりました。

──エピソードを聞いていてもわかりますけど、博士とすごくいい関係性ですよね。

上田:よくそう言ってもらいますけど、僕は『藝人春秋』を読んじゃっているからすごい先輩だって思っているし、毎回ちゃんと準備しないとこわいなって思っています。

──前田さんに関しては、上田さんが格闘技に詳しいからという指名だったと思うんですけど、上田さんはいつも完璧な下調べをして来ますもんね。今や完全に「アサヤン」レギュラーとして出演されていますし。

上田:いや、あれは実はレビュラーじゃなくて、毎回グループラインでアピールしているんですよ。「僕は今、こういう本を読んでいてこういうことを喋れます」って自分から言ってるんです。

林:代表予選だよね。

上田:コンビを組んで12年ですけど、オーディションもそうだし「アサヤン」もそうですけど、いろんな人に自分をアピールするっていうことをずっとやってるだけなんですよね。

──上田さんが持ってくる資料の量はすごいですもんね。本にもたくさん付箋を貼っていて。

林:付箋だけ貼って、本の角をちょっと傷つけて読んだふりだったりして。

上田:実はその本を読んでなかったらひどいよね(笑)。ネタのときは相方と一緒にコンビで呼んでもらっているし、博士にはお世話になっていると言っても過言ではないです。

──過言ではない(笑)!「お世話になっている」でいいじゃないですか(笑)!

上田:過言ではないです(笑)。

ダースレイダーとの出会い

上田:「アサヤン」に出たら漫才もちょっと変わりましたね。今までにない感覚をつかんだ気がします。

──その集大成が6/27の単独ライブ「カミハンキンポー」ということでしょうか。

上田:単独ライブをやるのは、自分たちもちゃんとしておかなくちゃいけない! っていう感じです。これまではまわりの人に甘えようとしていたけど、世間に対して「エル・カブキはこういう活動をしていますよ」っていうのを出しておかないといけないなと思ったんです。……あとは、博士がいつ倒れてもいいように(笑)。

──阿佐ヶ谷ロフトではダースレイダーさんと「ダースレイダー寄席」もやってらっしゃいますが、ダースさんとの最初の出会いはいつだったんですか。

上田:ダースさんを知ったのも博士の「メルマ旬報」で書かれているからなんですよ。ダースさんのやっているラップやお笑いがありつつ詩人や社会学者が出たりする「片目と語れ!」っていうイベントに、「エル・カブキはどうですか?」って言ってくれた人がいたんですけど、博士が日記とかによくエル・カブキの名前を出してくれていたからダースさんにもすぐ話しが通って。「片目と語れ!」の第1回目のゲストは宮台真司さんだったから、そういうインテリ層が好きそうなキング牧師のネタを持って行ったら宮台さんがすごくおもしろがってくれて(笑)。そこから、ダースさんが「時事ネタの配信をやりませんか」って声をかけてくれたんです。

──そのタイミングだったんですね。

上田:いざ当日になって、僕らはYouTubeにアップしていた時事ネタを持っていたんですけど、ダースさんとなんかずっと噛み合わなくて。

林:ダースさんは僕らのことをニュースを扱うふたりだと思っていたみたいなんですよね(笑)。でもいざ絡んでみると、僕らは芸能ゴシップみたいな東スポみたいなこともやっているから、あれ? ってなったみたいで。「そういうのじゃないんだよなー」って言われました。

──あははは(笑)!

林:それでフリートーク調になったんですよ。

上田:ダースさんがほんとうにやりたかったのはプチ鹿島さんとやっている「ヒルカラナンデス」みたいなものだったんだろうな、と。だけど俺らはずっとしがみついてやろうと思っています(笑)! だから、「アサヤン」もダースさんが出てくれた回は感傷深いですよね。

林:集合した! って感じしますよね。

──上田さんは、LOFT9でも格闘技系のイベントをやっていますよね。

上田:田崎健太さんのことも、博士の「メルマ旬報」で知っていたんです。だから、田崎さんの『タイガーマスクと呼ばれた男』が文庫化になったタイミングで、記念イベントをやりませんかって声をかけて、そこに中井祐樹さんと佐山聖斗さんを呼んでくれて、その流れでエンセン井上さんも呼んでくださったんです!

──すごいですよね、格闘技界の気になる人をいつも呼んでいる感じがします。

上田:この前、東京ドームのRIZINでは中井さんとエンセンさんがセコンド同士で対峙するっていうことがあって。日本に柔術を持ち込んだふたりですよ?!

──2000年前後に格闘技界にいた人にとっては胸アツですね。

漫才をやめることが漫才だと思った

──コロナ禍で芸人仕事にはどんな影響が出ていますか?

上田:営業メインで食っている人は大変って聞きますね。アマレス兄弟さんが大変みたいです。

林:名前を出すなよー! でもたしかに収録が飛んだって言ってたな。

──あははは(笑)、具体的!

上田:僕らは営業もテレビもないから、正直に言うと影響なしですね。ただ「アサヤン」に出てから、お笑いのライブや漫才を毎日やるのはやめなきゃいけないなって思ってたんですよ。だからコロナを機に、今だ! って思って。無理してネタを作ってまで出ることは一回ちょっとやめてみようと思って、ライブには出ないようにしています。

林:毎日毎日同じネタをやり続けて、多い日は1日2回やったりしているとよくわからなくなってきちゃうんですよ。正直、僕は漫才に対するやる気のない態度を出していたんだと思いますよ。

上田:僕も違うことしなきゃいけないって思ってはいたんですけど、それまでは違うことをしながら漫才も続けようとしていたんですよ。でも実際は難しくて。もちろんそれができる人もいると思うけど。

──今はやりたいと思ったらロフトですぐになんでもできますからね。今後、プラスアルファでやりたいことはありますか。

上田:お笑いや人前に出る仕事で飯を食いたいですね。まだバイトをしているんで……。「アサヤン」に出て、ゲストの方にに話しを聞いて補佐をするっていうことをやりはじめたら、漫才をやるよりもこっちのほうが断然お笑いだなって思うようになったんです。お笑いファンの方のなかには、様式美みたいなものを求めてくる人もいるんですよ。それを正式に極めていくと人気が出るお笑いシーンだったら気持ち悪いなって思ってしまっていて。こっちからしたら1日になんども同じネタをして新作を作って、っていうことを毎日繰り返していたら解散するしかないじゃん! って思ってしまうんですよね。だってお笑い自体が進化していかなきゃいけないのに。

──「アサヤン」は下調べと瞬発力ですからね。それで漫才が鍛えられた部分もありますか。

上田:漫才は完全に変わりましたね。もともとエル・カブキはめっちゃ調べて形を決めていく漫才だったんですけど、テレビに出るようになってからそれはやめてたんですよ。でも今、あのときにやっていたことは間違えてなかったんだなと思ってます。だから、『藝人春秋』で救われて、『藝人春秋』を書いた人に漫才を肯定されて救われた…みたいな。本人には伝えてないですけど。

林:同じ時事ネタでも、ひとりの人物を徹底的に掘り下げるような感じになったよね。

上田:柴田勝頼が新日本プロレスをやめるときに、「辞めることが俺の新日本プロレス」って言ったんですけど、そんな感じです!

林:わかんねえよ(笑)!

上田:漫才をやめることが漫才だと思ったんだよ!

──「アサヤン」に出てゲストと対話をして、予定調和じゃないことへの面白さっていうのもあったんでしょうか。

上田:そういうのはありますね。漫才をやっていると、結局はエル・カブキを知っている人たちが多少いるっていうところから抜け出せなかったんです。だから、自分たちを全然知らない人ばかりの「アサヤン」に出てみたら、ボケるのがめっちゃこわくて! 前田さんのときは一切ボケなかったんですよ。でもシミケンさんがゲストの回には漫才をやらせてもらって、「知らないお客さんの前でやるのはこんな感じだったな!」って思い出しました。それはすごく楽しいことですよね。

林:感覚的には人間っぽくなった気がします。同じセリフを言っていても、表情とか言い方とか。

──時代の流れとうまくタイミングがあっている感じがしますよね。

上田:新ネタをやっていなくてはだめだ、っていう風潮もありますけど。毎月1個新ネタを作らないといけないっていうサラリーマン発想って、明らかにアーティストと真逆だし。10年前に作ったネタが今ウケたりしても、そんな昔のネタやってちゃだめだよとか怒る人がいるんですよ。そういうところへの疑問はすごくあったんですよ。1年に1本すごいものを作る人だっているのに。でも、今はまわりのことはどうでもいいんです。全部「アサヤン」のおかげですよ、あれに出てからまわりを気にしなくなった。

林:客席から見ていても喋りがうまくなってるなーって思ってますよ。このままいったらすごいことになりますよ。

上田:でもこの前、久しぶりにふたりで漫才を撮ったらこいつはめちゃくちゃ下手になってました。

林:みんなから「どうしたんだおまえ?!」って(笑)。最近なんて、飲んでないのに酔っ払ってる? って聞かれますからね。

上田:まぁ、ふたりともうまくなっても面白くないから。

──いろいろスタイルを変えた結果、原点でやってきたことが肯定されるのは強いですね。単独ライブは現状の落とし所としてのエル・カブキっていう気しますね。

上田:あ、はい。

林:うん…。

──え、そうでもないですか(笑)?!

上田林:あははは(笑)。

上田:なんだろうな、単独ライブは、「ああ、ちゃんと何年も芸人続けてるんだな」って感じになると思います。

林:はぁ、お上手ね、みたいな。

──あらー、長くやってはるな、って(笑)。

上田:どのくらい伝わるかわからないですけど、内面的なところは違うんですよ。昔と同じことをやってるのに、今はすごいウケます。

──一回やめたことだけどそれが間違っていなかったという確信があるんじゃないですかね。

上田:それはあるかもしれないですね! インディーズ芸人で誰が無法松の隣で喋ったことあるか? って。おまえらミニスカ履いてこいよって。

林:段階をひとつずつ踏んできたからかなぁ。ひとりを掘り下げていたときは感情を出さないで無機質にやっていたけれど、そこから時事ネタになって、さらにフリー漫才になって……。今はチョイ決めとフリーの間でやっている感じですね。ポジションは変わらないけど戦術は変わっているのかなって思います。

──今はとにかくウケる自信がある、と。

上田:いやウケてます。ウケていると言っても過言ではないです。

林:2回目はもうダメだよ(笑)。

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