中村あゆみ「翼の折れたエンジェル」切なさを際立たせるハスキーボイス 6月28日は中村あゆみの誕生日。運命を変えた1本のCMソング「翼の折れたエンジェル」

CMからヒットソングが生まれた80年代

思えば、80年代はCMからヒットソングが生まれた時代だった。

70年代はラジオの深夜放送、90年代はテレビドラマからヒットソングが生まれたように、80年代は広告の時代を反映して、CMからヒットソングが量産された。

山下達郎は自身も出演したマクセルUDのCMソング「RIDE ON TIME」で一躍ブレイクを果たし、松田聖子は資生堂のエクボ洗顔フォームのCMソング「裸足の季節」でデビューした。そうそう、資生堂のCMと言えばヒットソングの宝庫。ライバル・カネボウとのシーズン毎のCM対決は、そのまま80年代のヒットソングの歴史と重なる。

詳細は当リマインダーの大野茂先生のコラム『資生堂 vs カネボウ CMソング戦争』に詳しく書かれているので、未読の方はぜひ。

そんな中、日清食品のカップヌードルのCMもまた、数々のヒットソングを世に送り出した。大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」、ハウンド・ドッグ「ff (フォルティシモ)」、尾崎豊「シェリー」、そして――

―― 今日、6月28日が誕生日の中村あゆみの「翼の折れたエンジェル」もそう。今から36年前の1985年にかのCMソングに起用され、大ヒットした珠玉のナンバーだ。ハスキーボイスが印象的だった。今日は、そんな彼女の話である。

福岡では少し知られた存在だった中村あゆみ

話は少しばかり、さかのぼる。

1984年9月5日、TBS系ドラマ『やさしい闘魚たち』の主題歌「Midnight Kids」で、一人の女性アイドルがデビューする。ロックバンド「中村あゆみとミッドナイト・キッズ」のリードボーカル、中村あゆみである。

彼女は、僕の地元・福岡では少し知られた存在だった。

福岡出身の彼女は4歳の時に両親が離婚。父と共に大阪へ転居するが、高1の終わりに家出して実母のいる福岡へ戻り、九州産業高校の2年に転入した。

「九産にいたコがデビューしたらしい」

後に、そんな話が僕のいる高校にも伝わってきた。福岡は狭い街なのだ。

「あのコ、目立つから色々とイジメられてたみたい」

噂の真偽のほどは分からない。ただ、彼女はわずか半年ほどで福岡を再び離れている。彼女なりの理由があったのかもしれない。

福岡を離れた中村あゆみは単身上京、明大付属中野高校の定時制へ転入する。言わずと知れた、芸能人ご用達の学校だ。堀越学園、日出高校(現・目黒日本大学高等学校)と並ぶ、いわゆる御三家。当時、“明中(めいなか)” には近藤真彦、中森明菜、シブがき隊、少年隊、石川秀美、三田寛子らが在籍していたが、なんと中村あゆみはそこへ一般の高校生として入学する。

1本のCMが運命を変えた、中村あゆみ「翼の折れたエンジェル」

こう書くと身も蓋もないが―― 彼女が上京した理由は遊ぶためだった。昼間はOLとして働いて、夕方から高校へ通い、夜は新宿や六本木のディスコへ繰り出した。給料の大半は遊び代で消えたという。そんなある日、六本木のカラオケ店でスカウトされる。お相手は音楽プロデューサーの高橋研。THE ALFEEの「メリーアン」や、おニャン子クラブの「じゃあね」、「真っ赤な自転車」を手掛けた御仁だ。

高3の秋、彼女はデビューする。そして前述の通り、僕は風の噂で彼女を知る。とはいえ、大半のアイドルがそうであるように、彼女も芸能界の荒波に揉まれ、間もなく消えると思っていた。

だが―― 消えなかった。時に1985年4月、1本のCMが彼女の運命を変える。

「ハングリアン民族、カップヌードル」

印象的なコピーのCMは、パリ-ダカール・ラリーに挑む選手たちの雄姿が映し出された。昼間、砂漠を舞台に過酷なレースに挑む彼らは、夜、カップヌードルを友にひと時の休息を得る。バックに流れる曲は、中村あゆみのサードシングル「翼の折れたエンジェル」――。

彼女は一躍、時の人になった。

「和製マドンナ」―― 人は彼女をそう呼んだ。ちょうど、前年秋にアメリカでマドンナが「ライク・ア・ヴァージン」でブレイクし、この年の1月に来日。日本中で “マドンナ旋風” が吹き荒れた直後だった。事実、ロックバンドのボーカリストとしてデビューした彼女は、その頃にはソロのシンガーになっており、衣装もボーイッシュからセクシーなガーリー風に変わっていた。

もっとも、当時「和製マドンナ」と呼ばれたのは中村あゆみに留まらない。SHOW-YAの寺田恵子、レベッカのNOKKO、本田美奈子―― etc.そう、クリエイティブはオマージュから始まる。

閑話休題。中村あゆみの「翼の折れたエンジェル」は、プロデューサーの高橋研サンの作詞作曲である。それは、一聴して映画的なシーンを連想させた。まるで往年の角川映画を見るように、聴かせる詞というより、“見せる” 詞だった。

まるで往年の角川映画、いきなりクライマックスから入る歌詞世界

 ドライバーズ・シートまで 横なぐりの雨
 ワイパーきかない 夜のハリケーン
 “I love you” が聞こえなくて
 口もと耳を寄せた
 ふたりの想い かき消す雨のハイウェイ

そう、映画で言えば、いきなりクライマックスから入るパターンだ。

ハイウェイを飛ばす2シーターのオープンカーに乗る2人の男女。降りしきる雨。だが、今の2人にとって、その強烈なハリケーンは恋を盛り上げるツールでしかない。

「愛してる!」
「えー! なんだってー?」

そして映画は一転、2人の回想シーンへと移る。

 Thirteen ふたりは出会い
 Fourteen 幼い心かたむけて
 あいつにあずけた Fifteen

まず描かれるのは、ローティーンの2人の恋の序章だ。まるで『小さな恋のメロディ』のトレイシー・ハイドとマーク・レスターのような。

 Sixteen 初めてのKiss
 Seventeen 初めての朝
 少しずつ ため息おぼえた Eighteen

やがて2人の恋は、ミドルティーンからハイティーンにかけて盛り上がる。だが、その一方で2人に忍び寄るリアリティの影――。

実は2番の冒頭にある「翼の折れたエンジェル」の真骨頂

そして曲はサビを迎える。

 もし俺がヒーローだったら
 悲しみを近づけやしないのに…
 そんなあいつの つぶやきにさえ
 うなずけない 心がさみしいだけ

なんだろう。本来なら、最も盛り上がるサビなのに、そこに描かれているのは、リアルな大人の世界を垣間見たかのような2人の戸惑い。彼女の独特のハスキーボイスが、2人の切なさを際立たせる。

 Ohhh… 翼の折れたエンジェル
 あいつも 翼の折れたエンジェル
 みんな 翔べない エンジェル

ここで、僕らは冒頭のシーンを思い出す。

そう、夜のハリケーンの中を疾走するドライビングは、大人になるのをためらう彼らの “逃避” だったのかもしれないと。互いの言葉を雨がかき消す一瞬、2人は虚構のクライマックスを “演じて” いたに過ぎなかったと――。

その展開は、2番で更に明確になる。

僕は、この曲の真骨頂は、実は2番の冒頭にあると思う。

 チャイニーズ・ダイスをふって
 生きてくふたりの夢を
 誰もがいつだって 笑いとばした
 “I love you” あいつのセリフ
 かすんでしまうぐらい
 疲れきった ふたりが悲しいね

断っておくが、「チャイニーズライス(炒飯)を食って」ではない。

だが、そんな替え歌でもさして違和感のない、超リアルな生活臭のする世界観が2人に襲い掛かる。1番の青春真っただ中の角川映画が、ここへ来て映画斜陽期の日活映画のトーンになる。四畳半一間を舞台に、若き秋吉久美子が大胆に脱ぐ類いの映画だ。

この後、曲中の2人がどうなったかは誰も知らない。そんな風に余韻を残しながら終わるのも、日本映画の悪い癖だ。

高橋研先生、3番を作ってくれませんかね?

カタリベ: 指南役

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