創建100周年を7月に迎える中国共産党は海外メディアを対象に“革命の聖地”を回るツアーを企画した。「赤い遺伝子」「赤い土地」。党の革命史に関わる場所は共産主義を象徴する赤色にちなんで、こう呼ばれる。記念すべき年に一党支配の正統性を裏打ちするため、党総書記の習近平国家主席が思想統一と言論統制を一段と進める中国。参加した“官製”ツアーで聞けるのは党礼賛の声ばかりだった。人々の本音はどこにあるのだろうか。(共同通信=鮎川佳苗)
▽赤い熱弁
「われわれ党は『赤色の資源』(革命旧跡)を活用して党員を率い、『赤い遺伝子』を鋳造し、特有の『赤い気質』を作り上げる」「赤い気質とは何か。革命戦争から保ってきた革命精神であり、命を懸けて共産主義信仰を堅守することだ。新型コロナウイルスとの戦争でも赤い気質を示した!」
毛沢東が革命の拠点とした江西省井岡山。4月上旬、党幹部養成機関の中国井岡山幹部学院で梅黎明(ばい・れいめい)副院長が外国記者を前に熱弁を振るった。
学院では全国から来た党機関幹部らが2週間の研修中だった。党史や習近平氏の思想を学ぶ。「井岡山の闘争と井岡山精神」。大教室での授業はこんなテーマで、習氏が党史教育の強化を指示した言葉がスクリーンに映し出された。
座学に加え、革命旧跡も視察する。研修生は山中の戦闘跡地「黄洋界」を訪れ、直立不動で解説を聴いていた。
「マルクス主義や革命精神が現代の企業活動にどう役立つのですか」。中国人民銀行(中央銀行)から参加した周暁静(しゅう・ぎょうせい)さんは記者に囲まれ、「困難を恐れない革命期の理念は現代でも有用だ」と強調した。行内研修機関の党員だといい、学んだ内容を持ち帰り伝達する。「『党性』や党を信奉する心を強めるため、研修にすごく来たかった」とうれしそうだ。中国語で「党性」は党員気質というような意味だ。周さんは習氏の言葉を引用しながら「井岡山精神」の重要さをよどみなく語った。
▽深く浸透
習総書記がおっしゃるように、党史学習を通じ、党員が備えるべき「自信」や「意識」を強めるのです―。
当局が手配した現場取材。革命施設の幹部は記者の問いにこう答えつつ、スマートフォンで文書をこっそり開き、せわしなく目を走らせていた。外国メディア向けの取材ツアーで「誤った」発言を万が一にもしないよう注意を払っているようだった。
中国当局が紹介する人以外の話も聞いてみようと、井岡山を観光で訪れていた山東省の女性党員に話しかけてみた。彼女はあっけらかんとしながらも、立て板に水のように力説した。
「コロナ(抑え込み)で私たちは自信満々。『文化の自信』『制度の自信』『(社会主義)路線の自信』…あとなんだっけ、そうそう『理論の自信』!習近平氏がなんで自信を持てといつも言っていたのかよく分かった。党を信奉する心が一層強くなったわ!」。幹部ではなく一般の党員だというが、習氏の政治思想は末端までしっかりと浸透していた。
革命で戦死した「烈士」の家系という女性と偶然出会い、話をする機会があった。建国の父である毛沢東や党への思い入れは相当だと感じた。
だが、毛沢東には大躍進政策や文化大革命で多大な犠牲と混乱を生んだ負の面もある。党内改革派には「毛沢東は皇帝になりたかっただけ。民主や自由の価値は理解していなかった」といった見方もあるが、表だって口にする人はほとんどいない。聖地ツアーで意見を交わした専門家からは多様な歴史観や批判的な視点を聞くことはできなかった。
▽「欧米は無理解」
党創建100年を機に社会主義色を強める動きは日米欧の警戒感を招きかねない。だが取材ツアーで出会った党史学者張黔生氏は「なぜ、何を警戒するのか。中国の発展は党があってこそなのだから、中国を好きなら党も好きなはず」と、理解に苦しむ様子だった。一党支配下での強権統治や言論抑圧が批判的にみられていると伝えると「海外では一般庶民までもがそんな風に思っているのか?初めて聞いた」と眉をひそめた。
井岡山幹部学院で研修中だった中南民族大学の党組織幹部、杜冬雲(と・とううん)氏。欧米の警戒感は「無理解と偏見」のせいだと断じた。政治制度が違うために、党の実態をよく理解していないだけとの主張だ。「ここ(革命ゆかりの地)に皆さんを歓迎すること」も理解促進に役立つ、と言う。
指導者の言葉を暗記し、党賛美を繰り返す様子を見せることは果たして負のイメージ払拭(ふっしょく)につながるか…。杜氏を囲んでいた記者らはそうした言葉をのみ込んだように見えた。
▽現実主義
「毛主席の用兵は神の如し」。貴州省遵義の記念館にはこんな習氏の言葉があった。遵義は1935年に毛沢東の指導権を確立する端緒となった「遵義会議」が開かれた地。習氏は毛沢東のような存在となることを目指していると指摘される。
習氏は2012年に党総書記に就任後、政敵の排除と自らへの権力集中を強力に進めた。「(習氏への)個人崇拝が進んでいるのではないか」。聖地ツアーである党員は記者にこう問われると、個人崇拝などないと反論した。
だが、知り合いの共産党系メディアの元幹部に聞くと「習近平は既に毛沢東の権威を超えた。毛沢東にさえ周囲は意見を言えたのだから」と話した。習氏に対して物が言えなくなっているというのが党のムードのようだ。別の改革派党員が「国の憲法が一つの政党の執政地位を規定すること自体がおかしい。議論の余地がある」と語るのを聞いたこともある。党・政府当局者はしばしば、憲法に基づき党の一党支配を正当化する。だが体制内でこうした考えを抱く人も、ごく少数かもしれないが存在はする。
創建100周年に当たり推進される党史教育について、党内の改革派学者は「歴史の総括を通じ、習氏の権力の正統性を強めるのが目的だ」と指摘。党が為政者としての自身の地位に根拠を与え、〝合法化〟する手段だと看破した。
聖地ツアーで取材に応じた人々は、全員が口にした言葉通り現状を無条件に礼賛しているのだろうか。改革派学者はこう指摘した。
「中国の為政者や政治家の最大の特徴は『現実主義』であること。多くの党員も同じ。内心何を考えていても、現実の利益、自らと家族の生存、生活のために行動する」「現状では(党中央を)批判した瞬間に弾圧されあらゆる権利を失うのに、あえて口にする人はいない。独裁体制とはそういうものだ。恐れを与えられれば十分。『声を上げれば生存が危うい』と思わせれば、それで十分なのだ」