ワクチンパスポート、世界からあきれられる日本 デジタル化進む欧州との違いはなぜ?

By 佐々木田鶴

ベルギーのコロナパスポート「CovidSafe」

 欧州連合(EU)では、ワクチン接種の開始以来、共通のコロナ安全証明=ワクチンパスポートを作ることが議論されてきた。個人情報保護や偽造防止、公平性の担保をクリアできることを条件に、3月には基本となる技術的な仕様が決まった。5月20日には詳細な法案が採択された。加盟各国は7月1日までに実用化することが義務づけられ、それぞれアプリを開発している。

 東京五輪の開催国である日本はどうか。共同通信の配信記事によると、加藤勝信官房長官は6月17日にようやく、ワクチン接種歴を公的に証明するワクチンパスポートの書面交付の準備を進めていると会見で表明した。時期は「7月中下旬」と説明している。

 五輪開催を目前に控えた日本政府のこの悠長な動きは、世界の中で見るとどうなのか。ここでは欧州の動きを紹介し、日本のみなさんが現状を評価する材料にしてほしい。(ジャーナリスト=佐々木田鶴)

 ▽QRコード

 EUのデジタル・コロナ安全証明は、正式には「EUデジタルCOVID証明書」(EUDCC)という。仕様上の鍵は、いかにプライバシーやデータ漏えいを防ぎ、偽物や不都合のない信頼性の高いデジタル証明システムとするかだ。

 欧州委員会はまず「ITゲートウエー」という、各国が準拠すべきITインフラ(プラットフォーム)を開発した。このゲートウエーを管理するサーバーは、在ルクセンブルクの欧州委員会データセンターにある。個々のデータや情報は各国に帰属する。このサーバーには、保存されたり、国家間で共有されたりすることはない。

 各国公衆衛生当局は、国内にある検査センターや病院、ワクチン接種センターなどを認証してデータベース化、常時更新する。

 利用者はそれぞれの国のアプリを使い、自らのワクチン証明とつながるQRコードを表示する。アプリは加盟国の公用語と同時に英語で表示できる。チェックする側の国境の審査官らはQRコードを読み取り、ゲートウエーを経由して各国のデータベースと照合、確認する。

 利用者の利便性にも配慮されている。ワクチンを接種しない人向けには「72時間以内のPCR検査結果の陰性」「罹患(りかん)ベースの抗体保有」の証明も想定している。また、スマホを使わない人のために、QRコードを印刷した書面による証明を入手する道も確保されている。 ワクチンパスポートの対象となるワクチンは、現在EUが認めているビオンテック=ファイザー、モデルナ、アストラゼネカ、ジョンソン&ジョンソンの4種類だ。2回接種を前提とするワクチンの1回接種でも入国条件としてOKとするか、他社のワクチンも認めるかは、各国の裁量に任されている。

 参考までに、スイス、ノルウェーなど、EUに加盟していない国々もEUDCCに準拠する意向を表明している。英国は方針を明らかにしていない。

CovidSafeのQRコードページ

 ▽27カ国中13カ国がすでに使用開始

 ベルギーでは6月16日、「CovidSafe」というアプリがダウンロードできるようになったと報じられた。国中の人々が一斉にアクセスしたので、ダウンロードに時間がかかったり、本人認証システムの登録にてこずったりする人が続出した。

 かなり古いスマホを大事に使っている筆者も、ほぼ全てのiPhoneとアンドロイドスマホに対応していると聞きほっとした。

 役所での居住証明など各種証明書の取得や、税務署への確定申告は、ベルギーではすべてICチップ入りのIDカードとカードリーダーによって、自宅からオンラインでできる銀行から支給されるカードリーダーを用いてのオンラインバンキングも一般的だ。他者のワクチン接種やテスト結果ではないことを確実にするために、これらを利用した入念な本人認証が第1段階だ。

 認証が済めば、公衆衛生当局のデータベースとリンク。ワクチン接種状況、PCR陰性の結果、コロナ既往による抗体保有を表示する。ワクチン接種なら、どの会社製のワクチンをいつ注射し、何回目、有効期間はいつまで、という具合だ。

 PCR検査の結果は、直近72時間以内の陰性結果のみが表示される。デジタルなので、新しいワクチン接種やテスト結果があれば、自動更新される。オランダ語、フランス語、ドイツ語の三つの公用語と英語の4言語対応だ。

 デンマークでは、自国内で実用化されていたスマホアプリをEU版にスライドさせ、5月末には「Coronapass」を実用化していた。デンマーク語、英語のほか、フランス語にも対応しているという。

 5月には、多くの加盟国でEUが開発したITインフラとの接続テストが実施された。6月14日時点で、27加盟国中、13カ国が使用を始めた。夏のバカンスシーズンを前に、検疫や到着後のPCR検査義務を免除して、行楽や観光目的の旅行がスムーズになるようにとスパートをかけている形だ。

書面ベースの証明書もリクエストできる

 ▽署名どう照合?あきれられる日本

 一方、日本でのワクチン証明といえば、日本語と英語の2言語表記で当面は書面のみらしい。ベルギーに住む筆者から見ると不思議で仕方ない。

 デジタル庁ができるというが、日本中の地方行政や自衛隊によるワクチン接種センター、個々の病院、かかりつけ医、企業、大学といったところで接種した証明は、果たして一元化してデジタルデータ化されているのだろうか。

 日本のワクチン投与責任者が発行した証明書を、諸外国の入管の審査官がいかにして「本物」と判断するのだろう。欧州では、偽の書面によるPCR検査証明書があちこちの入国審査で問題になってきた。A国の審査官が、B国の検査センターや責任者が発行した証明を、どんな根拠で信用するのか。その方法がないとすれば証明書の意味は何なのだろう。

 実は、日本入国に必要なPCR検査陰性の結果は「医師の自筆による署名のある日本語か英語の証明書のみ有効」と発表され、外国からあきれられている。少なくとも欧州ではPCR検査に医師は介在しない。まさか、日本の入管が、世界中全ての医師の署名データベースを持っていて照合するわけでもないだろう。五輪開催を間近に控えた日本が、昨年の延期決定から1年余りの間に、より実効性のあるデジタルを活用した方法を考えられなかったのはなんとも残念だ。

 7月1日を前に、欧州人は今、気もそぞろだ。半分諦めてかけていた地中海やアルプスでのバカンスの夢をかなえ、真夏の音楽フェスで踊りまくり大騒ぎしたりするため、スマホに入れたEUDCCを握りしめている。

 さて、日本ではどんな夏が待っているだろうか。

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