アスリートへの性的な意図を持った隠し撮りや画像を拡散する行為が社会的な問題となった。応援を先導するチアリーダーも同様の被害で悩まされている。球場でエールを送り合う晴れやかな光景の裏で、隠し撮りによって深く傷つく女性たちを取材した。(共同通信=品川絵里)
▽バッグに穴、腕時計カメラも
「目の前の男性が持っていたバッグに穴が開いていて、そこからレンズがのぞいていた時のむしずが走った感覚は忘れられない」
大学で応援団に所属した20代の女性は球場で受けた経験を、今も強く記憶する。いつ撮影された画像なのか。インターネットの掲示板で、実名をさらされ、画像とみだらな文言とともに拡散された。「ネットで名前を出されて、身の危険を感じた」と振り返る。
各大学では競技場でのチアリーダーの撮影を禁止した上で、見回りをするなど自衛策を取る。だが座席の段差を利用したり、内野席から望遠カメラで撮影したりするなど巧妙な手口で狙われる。応援する姿だけでなく、球場の外で準備や練習している様子を撮影されるケースも。立教大応援団のある現役部員は、腕時計型カメラを持ち込まれる被害に遭った。憤りの声を上げる。
「あからさまに撮っているふうに見せないように、考えながらやっているのがすごく嫌だ。カメラに私たちが気が付いたら、脚を上げる振り付けとかをやめると分かっていて、気が付かない策を取っているのが卑劣だ」
▽商品として流通
それらは値段が付いた「商品」として流通する。収益を得られる構造がある以上、被害はなくならない。ある大学の部員は昨年、盗撮画像を売買するサイトを目にして、ひどく驚いたという。
「盗撮画像は知っていたけど、商業目的に販売されているサイトを見たのは初めて。実際に目の当たりにして、商業目的というのは重みが違ってきた」
「ターゲットにされやすい面もあるというのは理解しているし、部活側も対策をしっかり練ることが重要だ。それでも、会場で呼び掛けをしても防げず、流出して、流出だけでなくて、販売、商業目的に利用されるのは非常に不本意。本当になくなってほしいと強く思う」
▽高校生にまで及ぶ被害
2016年4月、関西学生野球連盟の春季リーグでチアリーダーへの盗撮が確認され、同連盟の学生委員長が京都府警に被害届を提出した。そのシーズンでは事件以降、盗撮行為を発見した場合は厳しく対応する旨のアナウンスを場内で流すようになったという。
被害は高校生にまで及ぶ。共同通信が実施したアンケートでは春の選抜高校野球大会に出場した32校中、8校が被害を把握していた。8校全てが「隠し撮りや不適切なアングルでの撮影」を経験し、うち1校は「インターネット上での画像拡散」を挙げた。
具体的には「演技中に(応援エリアの外側の)内野席から盗撮された」「写真をSNSに載せ、何人目は美人、ブスと投稿された」「裏サイトで取引されていると考える」など。8校とは別の1校で吹奏楽部員が対象となったケースもあった。
夏の甲子園で応援した経験を持つ大学生は「ちょうど回転した時にスカートの下が見えて、それが(インターネットに)載せられていた」と振り返る。
「高校生ながら、本当にそういうのが存在するのかと悲しかった。試合を応援しに行って、試合結果よりもそっちの方が悲しかった記憶が鮮明に残っている」
「高校生までも、未成年までも対象になっているというのは、いかがなものかと感じた部分が大きい。日本の社会問題の一つではないか」。切実な思いで訴えた。
▽気が散って危険
パフォーマンスをしながら盗撮防止に努めなくてはいけない。都内私大でチアリーディングの団体に所属する3年生(20)は「がっしりとした高性能のカメラを構えた中高年の男性の方々」が観客席前方、舞台からすぐ近くに並ぶ光景を思い出す。「演技をしている間もカメラを意識してしまうし、『パシャパシャ』とシャッター音も聞こえる。顔が写ったら、スカートの中を撮られたら嫌だな、と思いながら演技をしていた」と話す。
立教大では不審者を見かけた際はスカートの中が撮影されないように振り付けをその場で変更することもある。
ただ、チアリーディングには人を上に乗せたり、飛ばしたりする技「スタンツ」が多数組み込まれる。都内私大でチアリーディングに励んだ女性は危険を感じたという。
「すごく集中力が必要なスポーツなのに、その集中力が欠けてしまっていた。1年間つくってきたものを見せる場なのに、そういう人がいると、スカートを気にして演技をしなくちゃいけなかった」と悔やむ。
この団体は、学園祭のステージで、観客席の1~3列が盗撮目的で訪れた男性に陣取られ、親や友人が見られないという事態が何年も続いたという。そこで前方を関係者専用席にして、前からのアングルで撮影できないように工夫した。「撮りにくくなったとは思う」と振り返ったが、現場の対策に限界があるのが現状だ。
▽長年無視されてきた
30年前に地方国立大を卒業した女性は、自分の踊っている姿が無断で雑誌に掲載されていた過去を思い出す。「写真には犯罪者のようにシェードが入れられていたが、ユニホームを見たら誰かすぐ分かる。一生懸命にしている人からしたら、耐えられない。自分の時も、だれか提言してくれていたらと思う」
やっと動きだした問題だ。チアリーディングをやっていた女性は切実に訴える。
「自分が好きな格好をして、好きな踊りをしたいだけ。自分の『パフォーマー』としての一面を見ていただいて、評価されることは、とても楽しかった。しかし、自分の性的な面ばかり切り取られる現状を前に、一体誰のために踊っているのか、分からなくなった」
「チアリーダーの服装は、パフォーマンスにおける自己表現であり、コスプレや性的な連想をさせるための服装ではない」
「ネットの掲示板では好奇や性的な目線で、あることないこと性的な表現を浴びせられた。『そんな格好をしているから撮られても仕方がない』という無言の圧力が、この世間にないと言い切れるか」
体育・スポーツにおけるジェンダー問題を研究する立教大の佐野信子教授は「盗撮事件においてチアリーダーに責任は全くない、という確認をした上での議論になるが、盗撮被害を避けるために、チアリーダー自身がスカートやその中に履くアンダースコートを長くする、さらには、スカートを手放しズボンにする、という対抗策を主体的に取ることも可能ではないか」と問い掛ける。
その上で「女性も、男性が主流のスポーツの現場において、男性たちが考えていることが一般的で主流だと引き受けてしまっているところがある。社会やスポーツにみられる必要以上の『男性性』を一足飛びに排除することは難しいだろうが、一人一人がこの問題と向き合うことで、誰もが自分らしく安心で安全な環境を作り出していくことにつながるのではないか」と指摘した。