第七十四回「細野晴臣、鈴木茂、山下達郎の『PACIFIC』とマッチするような世の中に早く戻って欲しい」

想い出の音楽番外地 戌井昭人

いつになったら、あの頃のように、自由に行きたい所に行ったり、当てもなく、だらだら旅をしたりすることができるようになるのでしょうか? 閉塞感まみれの世の中が早く終わって欲しいとばかり考えています。本当に世の中どうなっちゃったんでしょうか? 地球はどうなっちゃってんでしょうか? どこか海沿いの小さな町などに行って、のんびりだらだらしたい。なにも考えず、ビールを飲んで、「ああ、もう面倒くさい」とか言って、眠ってしまいたいものです。 しかし、いろいろと崩れていってしまった現状で、この先、仕事だとか生活を立て直していくことが先決なのだと考えると、「ああ、もう面倒くさい」なんて言っていられないもので、これまた気持ちが落ち込んできます。 このように落ち込んでいくばかりの気持ちを、なんとか、盛り上げようと、楽しげな音楽を聴いてみても、「ああ、あの頃は良かったな」などと思えてきて、なんだか寂しくなるだけなので、困ったものです。 だから今は、マイナー調な音楽よりも、楽しそうで、能天気で、平和な音楽を聴くほどに、寂しさがつのっていくのです。 けれども、そんなことは言っていられません、いつの日かやってくる、または戻ってくるであろう、楽しくて平和な日々に備えて、やはり楽しげな音楽をガンガン聴いてやろうかと思っている今日この頃でございます。 そこで、今回お勧めしたい、とても楽しい音楽は、細野晴臣、鈴木茂、山下達郎の『PACIFIC』です。参加者の名前を見るだけで、恐ろしく豪華なので、やたら得した気分になってしまいます。 さらに、ジャケットの写真だって、青い海に浮かんでいる島がひとつで、とんでもなく能天気です。写真は写真家の浅井慎平が撮影したようです。このアルバムは1978年の発売、とんでもない名盤なので、知っている方も多いと思うのですが、あらためて聴き直してみると、これから世の中の景気が良くなっていくぞ! といった盛り上がり感がありまして、いまの世の中と真逆の雰囲気なのです。 YMOの楽曲の元となった、細野晴臣の「コズミック・サーフィン」なんて、遊んで遊んで遊び倒して、出来上がったような感じです。本当は緻密にいろいろと音楽のことを考えられているのでしょうが、いくら聴いても、遊びながら作ったとしか思えなくて、とにかく、素晴らしい。 個人的には、鈴木茂の楽曲が好きです。なんだか、80年代あたりの、能天気に、「世の中は楽しいことしかないよ」といった雰囲気が、ビシビシ感じられて最高です。早く、このアルバムが流れていれば、ばっちりマッチするような世の中に戻って欲しいと願うばかりです。

戌井昭人(いぬいあきと)

1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。

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