エース江坂、突然の移籍

戸惑う柏が9試合ぶりの勝利

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J1 湘南―柏 湘南に逆転勝ちし、喜ぶペドロハウル(左から2人目)ら柏イレブン=レモンS

 日本ではこのような形での移籍はあまり起こらないと思っていたので少し驚いた。6月25日、柏レイソルの江坂任が浦和レッズに移籍したことが正式に発表された。

 江坂は3月に日本代表にデビューしたが、実力的にもっと前に選出されてもおかしくなかった。29歳。柏に加入した1年目から背番号10をつけ、大谷秀和が欠場の場合はキャプテンマークを託されていた。そのエースがシーズン途中に移籍するとは予想していなかった。サッカー選手のプロとしての実働期間は他競技に比べても長くはない。クラブが受け入れてくれるのであれば、自分が望むチームでプレーさせてやりたい。ただ、普段から愛情を持って支えてきたサポーターたちは、悲しい気持ちになるのは間違いない。

 日本の観客は穏やかな人が多いので、この移籍で遺恨が生じることはないだろう。これが都市間同士のライバル意識の強い欧州では、状況によっては「禁断の」になる。2000年にバルセロナからレアル・マドリードに移籍したルイス・フィーゴがまさに「禁断の」移籍で、ひどいバッシングを受けた。

 禁断の移籍といえば、昔、こういう選手がいた。1990年W杯に出場したアルド・セレナだ。イタリア代表のストライカーはライバルへの移籍がタブー視されていた時代、そんなことには関係なく移籍を繰り返した。ミラノではインテルとACミランを行き来し、同じ町のライバルであるユベントスとトリノでもプレーした。愛されるキャラクターだったらしく、大きなバッシングは受けなかったようだが、かなり珍しい事例だった。

 攻撃の中心となる江坂を引き抜かれた柏。シーズン前には、昨季の得点王で最優秀選手のオルンガも中東のチームに奪われた。昨季は2人で37得点(オルンガ28、江坂9)。チーム全体で60得点だったので、3分の2近くを2人でたたき出していた。

 今季、リーグのちょうど半分の19試合を終えた時点で柏の得点は15。明らかに得点力が落ちている。しかも、J2降格圏の18位だった。6月27日に行われたJ1第20節の湘南ベルマーレ戦。「江坂ショック」があるだろう、柏に注目していた。

 試合前、柏にはあまり良いデータがなかった。リーグ戦で最後に勝ったのは4月24日の徳島ヴォルティス戦。その後の8試合で勝利はなし。1分け7敗で、その間の得点もわずかに3とかなり追い込まれた状態だった。さらにGKキム・スンギュは韓国代表の試合から戻ってきて隔離期間だったため、19歳になったばかりの佐々木雅士が起用された。

 開始12分に湘南MF山田直輝の決定的シュートをGK佐々木が好セーブ。雨中の試合は湘南ペースで進んだ。前半18分には左サイドを突破した畑大雅のラストパスをゴール前の町野修斗が左足で合わせ湘南が先制した。柏もハーフタイムに3選手を投入して流れが変わった。後半5分にはハンドでPKを獲得。ペドロハウルがこれを決めて1―1の同点に追い付いた。

 同点にされてリズムを失った感はあったものの、湘南はチャンスには確実にゴールを陥れる。ただ、湘南に立ちはだかったのがビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)だった。後半12分、ロングスローからシュート。一度は止められたが、タリクがフォローして勝ち越しと思われた。しかし、VARのオンフィールドレビューによりタリクのハンドが認められ、ゴールは取り消された。

 それでも湘南は後半33分、ハーフウエーライン付近左で石原広教のFKのチャンス。それをウェリントンが驚異的高さのヘッドでとらえ、ゴール左に決めた。勢いを得た湘南は畳み掛ける。後半39分には、池田昌生の縦パスから抜け出した町野がドリブルシュートを流し込む。ところが、これもVARで、ハンドがあったとして取り消された。

 1点を追う柏にとって味方になったのはゴールの取り消しだけではない。2度のVAR確認により後半のアディショナルタイムが9分と示されたことだ。そのアディショナルタイムに柏は信じがたい集中攻撃を見せた。

 同点ゴールを決めたのは後半48分。左サイドの神谷優太の折り返しを大南拓磨がスライディングで押し込む。これで2―2。さらに54分、自陣のFKをGK佐々木がキック。ペドロハウルがヘディングで流した縦パスをクリスティアーノが左足でシュート。角度のない位置からGK谷晃生のニアサイドを冷静に抜いて3―2と勝ち越した。その4分後の57分には右サイドをえぐった北爪健吾のマイナスの折り返しをペドロハウルがたたき込み、4―2。劇画のような逆転劇は幕を閉じた。

 柏が9試合ぶりに味わう勝利の余韻。しかも4ゴール。ここ数試合の得点力不足がうそのような猛攻だ。本来は先発が当たり前だが、今季2度目の途中出場を受け入れたクリスティアーノは「(交代出場で)入るとしたら仕事をしなければならない」と職人かたぎな言葉を残した。後半40分に投入されても決勝点を挙げるあたりは、さすが7シーズン目の柏の重鎮だ。

 1試合で物事が劇的に改善することはない。それでも柏は主力が抜けた穴を埋めて、前に進むしかない。2シーズンでJ2に逆戻りは、誰もが避けたいことだろう。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2018年ロシア大会で7大会目。