「また一つ灯が消えた」ストリップの老舗・広島第一劇場、最後の一日  【ルポ】踊り子、常連客、経営者は何を思ったか

広島第一劇場のラストステージで舞う矢沢ようこさん(撮影・松田優)

 2021年5月20日。雨が降っていた。広島市の歓楽街にあるストリップ劇場「広島第一劇場」が、閉館の日を迎えていた。早朝から劇場前には傘の行列ができている。最終日は9人の踊り子がステージに上がる異例の香盤。最盛期には全国で400軒近くあったとされる劇場は、今は20軒をきるという。その灯の一つが消える日、踊り子、客、経営者の思いを追った。(共同通信=松田優、坂野一郎)

 ▽ふさわしい演目

 その日1回目の出番を終えた夕方ごろ、最終公演のトリを務める踊り子の矢沢ようこさん(44)は楽屋で悩んでいた。46年の劇場の歴史に幕を下ろす演目は何がふさわしいか、分からない。最終日の公演が始まっても、心が決まらなかった。照明係が演目を確認する投光室のホワイトボードは、矢沢さんの最終演目の欄が空白のままだった。「私の広島での存在意義ってなんだろう、私が呼ばれた意味ってなんだろうって考えちゃって」。バスタオルにくるまった矢沢さんの表情は曇っていた。

(上)最終営業日の開場前に列を作る人たち(下)矢沢さんの最終演目の欄は空白のままだった(撮影・松田優)

 最後の公演が始まろうとしていた。時刻は午後9時近いが、劇場は満席で立ち見客が通路まであふれている。踊り子のサインが入ったTシャツを着た年配の男性も、慣れない空間に落ち着かない若い女性もいる。「こんな大入りはこれが最初で最後や」「もっと早くから見に来れば良かったな」と話し声が聞こえる。6月1日から、劇場は解体工事が始まる。跡地にはホテルが建つらしい。

 30年前に初めてこの劇場を訪れたという地元の50代の常連客は、最終公演を前に劇場ロビーで少し緊張した様子だった。「とうとうこの日が来ちゃいましたね」。特にここ数年、ストリップの魅力に取りつかれ、10日に1回、3日に1回と通う頻度が増えていった。

 「最初抱いていた印象と違って芸術性があって、演劇を見るような、自分にとっては違う世界を知れる場でした。それは寂しいですよ。今日は最後まで見守るって感じです」。たばこのにおいが充満するロビーで丁寧に語った。

 劇場を経営する福尾禎隆社長(70)は頭を抱えていた。終演後のあいさつ文を練るが筆が進まない。「まずはお客さんたちへお礼と感謝の気持ちやね」。書類が散乱した小さな事務所で背中を丸め、鉛筆を走らせる。便箋に丁寧な字が整然と並んでいく。「俺がこんな真面目に文章書いてるの、珍しいやろ」。いつものようにふざけるが、どこか疲れている。

終演後のあいさつ文を練る福尾社長(撮影・松田優)

 跡地を利用したい地権者の意向で、劇場は何度も閉館の危機にさらされてきた。借地期限が迫るたびに交渉して営業を続けたが、「閉館詐欺」と揶揄(やゆ)された。継続するうちに、2019年には劇場が舞台になった映画『彼女は夢で踊る』が公開され、一見客も増えた。

 「映画にもなって、こんなにたくさんの人に愛されてなぁ。満足はできんけど、恵まれたストリップ人生だったわな」。最後の公演が近づく。

 ▽「ヨーコ」

 「お客さんは映画の世界を見たいと思いますよ」。踊り子の「ヨーコ」役で出演した矢沢さんには、映画監督の言葉がよぎっていた。閉館後のイベントとして劇場で予定していた映画の上映会が新型コロナウイルスで中止となり、そこで披露するはずだった演目を昨日、おとといと、踊った。曲も衣装も、「ヨーコ」を再現している。映画で劇場を知った人も喜んでくれる。そう考えたが、どこか腑(ふ)に落ちていなかった。

映画の「ヨーコ」を再現した演目を踊る矢沢ようこさん(撮影・松田優)

 「このままだと、呼ばれたのは『ヨーコ』なのか、『矢沢ようこ』なのか分からなくなっちゃう」。本当は、広島の閉館公演のためだけに用意した演目がある。楽屋の壁には、その演目のために作った真新しい真っ白なガウンが掛けられていた。

 ▽踊り子たちの思い

 劇場に開演を知らせるアナウンスが流れる。この劇場最後の時間を、9人の踊り子が舞う。

 「大変長らくお待たせいたしました。華麗なる祭典の幕開けです。広島第一劇場のエレガントでエキセントリックなパッションステージ。開演いたします」

 トップバッターの瀬能優さん(46)が舞台袖からステージに歩いて行く。福尾社長とはデビュー以来24年の仲で、800日近くこの劇場で踊ってきた。「変わらないです。いつも通り。まだ実感が湧かなくて」。出番前、そう言って薄暗い舞台袖の椅子で小道具の造花を触った。落ち着いていた。これまで30軒は劇場の閉館を目にしてきた。

 幕が開く。袖と舞台を仕切るカーテンをめくる手が止まった。「まあでも、古い人の顔見たら実感湧くのかもしれないです」

(上)出番前に舞台袖で控える瀬能優さん(下)ステージで舞うゆきなさん(撮影・松田優)

 ゆきなさん(26)は最後の広島を笑顔で踊った。そして時折、その顔をゆがませた。舞台脇の大きな鏡、赤いじゅうたんの敷かれた広いステージ。同じ演目でも広島で踊ると違う、と長年のファンは言う。

 壁面に貼られた鏡越しに自分の姿を見るのが、遠い世界とつながっているようで好きだった。「もうこの場所がなくなっちゃうんだ」。場内の隅々を目に焼き付けた。最終週の公演は、現実を認めきれず苦しかった。

 この日踊りながら、ふと、投光室を見た。普段はほとんどステージを見ない福尾社長がいた。目が合った。「最後に良い景色が映っていてほしいなとか、今までありがとうっていう気持ちがいっぱい、浮かんでました」

 小宮山せりなさんは、初めてこの劇場に来たときのことを思い出していた。「男性のお客さんが一人だけ座ってたんですよ。ステージで踊ってたら、その人も寝てることに気付いて、誰も見てないじゃんって。昔は本当にお客さんがいなかったから」

 10年前のデビューから、何度も広島で踊ってきた。今、人であふれる劇場の光景が信じられない。

(上)出番を終え、涙を流す小宮山せりなさん(下)小宮山せりなさんのステージ(撮影・松田優)

 出番を終え、舞台袖に戻ると大粒の涙が流れていた。客から渡された細く折った何枚もの千円札を握りしめ、膝を抱えて椅子に座り込んだ。

 少し間があってから、小宮山さんは思い出したように顔を上げた。「でもなんか、上手にできた気がする!」。ティッシュでほおの涙を拭いながら、言った。

 ▽音の無い舞台

 8人の踊り子の舞台が終わった。あと一人、矢沢さんのステージで、広島第一劇場は幕を閉じる。暗転したままの場内は落ち着かない。ざわついている。出番を終えた何人かの踊り子も、投光室で最後のステージを待っている。

 照明がともる。スポットライトの光の中に、白いガウンをまとった矢沢さんが現れた。音楽とともにゆったりとステップを踏む。

最終公演で踊る矢沢ようこさん(撮影・松田優)

 始まった、という緊張感が劇場全体を覆っていく。誰も見たことがない衣装。矢沢さんは初めて披露する演目を選択していた。気付けば1曲目が終わり、矢沢さんはガウンを脱ぎ捨てた。

 音楽は消えた。踊り子の足音と、衣装が擦れる音だけが聞こえる。無数の視線が舞台上の細く白い身体に注がれる。右に、左に、柔らかに伸びる腕に照明の白い光が反射する。ステージ脇の鏡が、この劇場最後の時間を静かに見つめている。

 ある客は身を乗り出していた。別の客は口をぽかんと開けていた。明らかにこれまでとは異質な時間が流れていた。

 3分間。踊り子は音の無い舞台の上で舞った。

 次のパートで、音楽は戻った。赤いドレスに着替えた矢沢さんが舞台上でポーズをとるたびに、客席から拍手が湧いた。目を拭う人もいる。そして演目は終わりに近づいていく。幕が閉じれば、数々の人生が行き交った広島第一劇場の赤い舞台で踊り子が舞うことはもうない。これで終わり。胸中はさまざまだとしても、その事実だけは等しく共有されていた。

 最後の曲が終わる。舞台上の矢沢さんが大きく振り返り、遠くを見つめると、舞台脇から白いリボンがくるくると輪を描いて飛んだ。

 最後の舞台が終わった。

すべての演目が終わり、笑顔で舞台を見つめる福尾社長

 ▽明るい別れ

 「最後は映画の中の『ヨーコ』じゃなくて、踊り子の矢沢ようことして終わりたいなって。最後だけは、絶対にモヤモヤした気持ちのまま終わりたくなかったから。1曲目は、いつか広島が閉館してしまうときは、絶対にこれで踊ろうってずいぶん前から決めてた曲だった。衣装も振り付けも、全部この時のために用意して。これでお別れじゃない、また会えるよね、そんな意味と、広島への感謝の気持ちを込めた『明るい別れ』の演目なの。3分間無音で踊るのは、お客さんも集中力が必要だし私も緊張感を保てるか不安だった。でも、平日の真夜中にラストステージを見届けようと残ってくれているんだから、ここにはもう劇場を愛している人しかいないと思って。これはもうやるしかないなって。あの時間、最後の空気感で、お客さんが受け入れてくれたからこそできた。これから先、何か特別なときに踊る演目として大切にしていきたいと思ってる。みんなが納得してくれたかどうかは分からないけど、やれたことに後悔はない」

 ▽灯が消える

 閉館のあいさつをする福尾社長は穏やかな表情をしていた。「新型コロナウイルスのまん延でストリップ業界も苦境に立っています。頑張っている劇場、日々努力を怠らないタレントさんたちをこれからもよろしくお願いします。長い間、ありがとうございました」。朝、真剣な目であいさつを練っていた姿が浮かぶ。踊り子たちから花束を贈られた社長はうれしそうだった。

 外に出ると雨はやんでいた。劇場前にはメディアや客が何人も残っていた。地元の50代の常連客もその中にいた。「ほっとしてます、ちゃんと見届けられてよかったです。一度も見たことのない、芸術性の高い舞台だったと思います」。開演前の落ち着いた口調が、少し高揚しているようだった。ちょうど、大きなキャリーケースを引いた踊り子が劇場から出てくる。「ああやって全国を転々とするんですよ。本当に身一つで…。もう明日は別の劇場で初日が始まりますから」。踊り子は客に会釈しながらどこかへ歩いて行った。常連客は、しばらくストリップには行かないと思います。寂しいですね、と言った。

 ロビーで客を見送っていた福尾社長も、表に出ていた。「終わった感じは全然せんね。明日からまた普通に初日が始まる気がするわ」。いつもの冗談交じりの言葉に周囲の人がうなずく。

 幕が閉じたときにすべては終わったはずなのに、まだ何かが続いている、なぜかこれで最後だと思えない雰囲気があった。それはそこにいる人たちが終わりを想像したくないからかもしれなかった。

 「じゃあ電気消します」。社長が合図する。大勢の人がその時を見守っていた。看板の灯がふっと消えて、白い街灯だけが辺りを照らした。

大勢の人が見守る中、看板の明かりが消えた(撮影・松田優)

 ▽2日後

 「今日も外に常連さんたちが集まっています」。閉館から2日後の5月22日、広島に残っていた矢沢さんから連絡をもらい劇場の前に行くと、20人近くの常連客らが集まっていた。

 劇場のTシャツを着た人、首から一眼レフカメラをかけた人。「名残惜しくて来たらみんないるんだもん」「写真を撮りに来たらみんないた」

 何をするわけでもなくただ外観を眺めたり、看板の写真を撮ったりしている。聞くと、その前日にも何人もの人たちが集まっていたらしい。みんな、名残惜しんでいた。

 「頼むから帰ってくれ」。見かねて外に出てきた福尾社長が、あっという間に囲まれていた。

 「うちは終わるけど、よそはまだ続いていくからよろしくって、最後のあいさつでちゃんと伝えたかったんやけどなぁ」。福尾社長はそう言って反省していたが、広島第一劇場のラストステージを見ていた多くの人が、この先もストリップが続いていく未来を願い、想像していたように思う。

 もう誰も踊ることのない赤い舞台や、埋め尽くされることのない客席の通路にも、まだ2日前の温度が残っている気がした。

閉館の2日後、劇場に集まった常連客ら=5月22日(撮影・松田優)

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