「復興五輪」に感じた違和感、そのお金を被災地に投じていれば

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 「人類がコロナに打ち勝った証し」となるはずだった東京五輪が迫ってきた。開催決定から8年、印象的な惹句(じゃっく)がいくつも通り過ぎていった。延期が決まった時に生まれた冒頭の文句は、先月の先進7カ国首脳会議(G7サミット)の声明では「コロナ克服に向けた世界団結の象徴」へと変わった。

 最初は「復興五輪」だった。初めて耳にした時の違和感を思い出す。被災地の東北地方が主会場になるわけではなく、投資する先は東京。そのお金を被災地に直接投じれば復興が進んだだろうに。

 「アスリートファースト(選手第一)」もあった。マラソン会場を北海道に変更したのは確かに選手第一だが、そもそも真夏に開くこと自体、適切なのかと疑問が湧いた。開催時期や競技の時間帯は、巨額の放映権料を国際オリンピック委員会(IOC)に払う米テレビ局の意向が色濃く反映される。「ぼったくり男爵」と会長が揶揄(やゆ)されたIOCの「商業主義」を再認識した。

 最新スローガンは、実に率直な「安全・安心な大会」の実現。先月下旬に政府が決めた骨太方針にある。不安を抱く国民が多い中で開く以上、これが最も重要。総選挙を控えた政権の安心にもつながるのだろう。

 肥大化や政治利用の問題はもう長く言われているが、自国開催の高揚感や選手が演じるドラマへの期待感は大きかった。今頃になって、現代五輪の本質とは何だろうと考えている。